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2023年5月31日 (水)

だまされてたまるかっ1?

日曜日の夜、晩ご飯も終えて
「あ~あ、瀬名と信康はもうすぐ・・・」
などと夫婦で『どうする家康』の感想と今後の予想をしていたころ、わたしのスマホに見知らぬ番号からの着信がありました。

警戒心あらわに出てみると
「こちら〇〇カード株式会社です」
ん?
普段滅多に使わないカード会社からです。
さらに身構える?

「れいちさんご本人様ですか?」
「じつは、あなたのカードが最近不正使用された可能性があります」
ますます怪しい。
そのカードを解約する必要があるから暗証番号を教えろとでも言うのか?

「お話の途中ですが、話の内容自体が信用できかねます」
と言うと
「ごもっともです、今、スマホに表示されている電話番号をお調べいただいても結構です」
ん?
ちょっとひるむ。

以下、内容を要約すると・・・

わたしのカードで〇月〇日にAマゾンで音楽かゲームをダウンロードし、250円が支払われた。
本人や家族の身に覚えがなければ、不正使用されたことになる。
他にも同じケースがたくさんあり、一旦カードの使用を止めている。
パソコンの方にもこの旨のメールを送っている。
代金は来月、一旦銀行口座から引き落としされるが、翌月戻される。
急を要するのでこんな時間にお電話差し上げた次第であ~る。

そういえば、パソコンにカード会社からメールが来ていたけど、そのほとんどがフィッシングなので、速攻迷惑メールフォルダに移しています。
とりあえず、こちらの情報を聞かれることがなかったので、危険性なしと判断して電話を切りました。
そして、表示されたあちらの電話番号を検索してみると、たしかに某カード会社のセキュリティセンターのものでした。

しかし、わたしはこのカードはめったに使わないし、万が一のときのため、関連付けている銀行口座はできるだけ残高を少なくしているので、大きな心配はありませんでしたが、どこからカード情報が漏れたのか、わたし本人でさえ忘れている暗証番号をどうやって調べたのか、腹立たしくちょっと気持ち悪い出来事でした。

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2023年5月28日 (日)

線路に落ちたリュック

先日の仕事帰りのこと。

駅のホームで電車を待っていたら、反対側のホームに来た電車に乗ろうとした高校生が押し合いへし合いするうちに、電車とホームの間から線路にリュックを落としてしまいました。

その高校生とともだち数名が、なすすべもなく電車とホームの間を覗き込んでいたら、異変に気付いた車掌さんが走って来て状況を把握、携帯電話でどこかに連絡をしました。
リュックは線路にはかかってなくて、砂利の上に落ちています。

駅員さんが来ました。
車掌さんが駅員さんに事情を説明したところ、駅員さんも携帯電話でどこかに連絡。
この状況が見えない乗客は「なに?なにがあった?」とざわついています。

その後、駅員さんはその場を去り、車掌さんは車内放送で乗客に状況を説明後、電車はドアを閉めてゆっくり動き出しました。
先ほどの駅員さんがオレンジ色のチョッキを着てヘルメットをかぶり、長い柄のついたマジックハンドを持ってきました。

同じホーム、この駅にはとまらない新快速電車が通過していきました。
リュックはそのままです。
わたしは風圧でリュックが飛ばされないか心配しましたが、大丈夫でした。
駅員さんは、高校生に話を聞いて画板に挟んだ紙に何やら書き込んでいます。
ホームにいる人は「早く拾ってやれよ」みたいな雰囲気。

その後、やっとマジックハンドでリュックが拾い上げられました。
高校生とその友だち、拍手喝采。
真面目そうな男の子で何度も頭を下げていました。

わたしの乗る電車が来ました。
駅員さんはその電車の車掌さんにも何やら報告をしていました。
この間10分~15分くらいかかりました。

ネットで調べてみたら、線路の落し物は簡単には拾えなくて、まず駅から指令所に連絡、指令所から運転士に連絡するのでGOサインが出るのに時間がかかるらしいです。
誰かが線路に降りて拾ったらあっという間のこと、もしくは傘を伸ばして柄に引っ掛けたら取れそうなんだけど、そんな事絶対にしたらダメなんですよね。
ちょっと眠たい帰り道だったけど、目が覚めた出来事でした。

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2023年5月24日 (水)

お誕生日おめでとう

孫のAちゃんが1歳の誕生日を迎えました。

産まれるとき産道で飲み込んだ血液が肺に入って呼吸器障害を起こし、新生児集中治療室で半月にわたり治療をしてもらいました。
口や鼻や腕に医療用の管を通される姿に周りの大人は心を痛めたものでしたが、そんなことはすっかり忘れるほど元気に大きくなりました。Photo_20230521150001
あのどたばたから早や1年、おおらかな子育ての楽しい毎日のようですが、Aちゃんもあねこ夫婦もコロナにかかったり、RSウイルスで1週間も熱が続いたり、治りかけたら別の風邪をひいたりと、ところどころで本人も親も大変な日々でした。

よく、子どもが生意気なことを言うと「ひとりで大きくなったような顔をして・・・」などと言いますが、どこの家庭でもこんな親の苦労や心配は知らないで子どもは大きくなっていくんですね。

さて、あねこ宅では風邪で延び延びになっていたAちゃんのお誕生会をやったようです。
一生餅ならぬ一升米の入ったリュックは、あねこがベビー服をリメイクして自画自賛。

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あねこの力作。

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Aちゃんは玉子のアレルギーがあるので、あちらのおばあちゃんが玉子抜きで作ってくれたケーキです。

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将来を占う選び取りカードでは、迷わず『エンターティナー』をえらんだんだとか、ふふふ、楽しみね。

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大事にされて、何をしてもかわいいと言われて、初めての子は幸せですね。

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2023年5月20日 (土)

お茶の宇治

明治天皇の御陵のあとは、スイーツを求めて宇治へ行きました。

宇治にはお茶屋さんが多くあります。
芸妓を呼んで飲食するお店もお茶屋と言いますが、ここでは茶葉を扱う店のことです。
駅前から平等院へ向かう通りや平等院参道の両脇には大小のお茶屋さん、和菓子屋さんが軒を連ねていて見ているだけでも楽しいものです。

中村藤吉・宇治駅前の本店
中にはよく手入れされたお庭があり、それを取り囲むように席がしつらえてあります。

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平等院店
宇治川を眺めながら食事もできます。

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伊藤久右衛門

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辻利、祇園のカフェ都路里はいつも修学旅行生が行列を作っています。

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ペットボトルの綾鷹でおなじみの上林春松は、記念館も併設されています。

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福寿園もあったなぁ。
昔、テレビCMで茶席のご亭主が客から「お詰めは?」と聞かれ「福寿園でございます」と答えていたことがありました。
お詰めとはお茶の製造元のことです。
お茶のお稽古のときに「お詰めは?」と聞かれ、わたしはいつも「福寿園でございます」と答えていたら、先生から「今日は一保堂って言いましょか」とやんわり訂正されたことがありました。
ある日、先生が「今日はれいちさんの好きな福寿園を用意しておきましたよ」と笑いながら仰ったことを思い出しました。
その先生も先日天国へ旅立たれました。
福寿園はサントリーから伊右衛門を出しています。

さて宇治のお茶屋さんは、本店とあちこちにカフェを展開しているところが多く、しのぎを削っています。
中村藤吉と辻利は行ったことがあるので、この日は伊藤久右衛門にしました。

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手前、Bちゃんは定番の伊藤久右衛門パフェ、濃厚そうです。
奥、わたしの新茶パフェの黄色いところには、ほうじ茶のくず餅が入っていてちゅるんちゅるんでとてもおいしかった。
しかしその料金、1,400円ほどしました、ランチの中華よりよっぽど高かった。
この日の気温は30度近くまで上がり、わたしは宇治へ行く途中、少しふら~っとしてぼ~っとしました、多分熱中症の一歩手前、でも涼しい店で冷たいものを食べて活力を取り戻しました。

しかしカフェではBちゃんが頭が痛いと言い出しました、多分熱中症寸前です。
まだ暑さに身体が慣れていないので、へこたれましたが楽しい遠足でした。

 

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2023年5月17日 (水)

明治天皇伏見桃山陵詣で

新型コロナの感染症の位置づけが5類に移行したとたん、いやその前のマスクの扱いが個人の判断にゆだねられたころからすでに、観光地にはたくさんの人がお出かけし、ニュースで見るGW中の経済効果たるや、コロナ以前にほぼ戻ったと言えそうです。

コロナ感染予防に関しては、慎重に慎重を重ねていたBちゃんとやっと遠足に出かけました。

幕末の最後の天皇である孝明天皇は、徳川家最後の将軍となる徳川慶喜に将軍宣下を行い、将軍の後ろ盾として尊王攘夷を推し進めた人でした。
しかし、将軍宣下のわずか20日後、突如として崩御されます。
病死との発表ですが、あまりの突然の死に毒殺説が流れました。

それはさておき、孝明天皇はこのとき35歳、跡を継いで天皇になられたのはわずか14歳の睦仁親王、のちの明治天皇です。

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この人は京都御所で生まれ、女官に囲まれて大事に育てられてきたところ、父の急逝でいきなり表舞台に立たされ明治政府を樹立します。
生活の場は、それまで慣れ親しんだ京都から江戸改め東京となった千代田城へ移され、精力的に日本の近代化を進め、名君と言われました。

前置きが長くなりましたが、今回の遠足の目的地はその明治天皇伏見桃山陵です。
「ふしみのももやまのみささぎ」と読みます。
明治天皇陵に関しては東京の明治神宮がありますが、京都に埋葬してほしいとの遺言に基づき、こちらに棺が祀られているそうです。

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広大な森です。
手付かずの森の中、とてもきれいな空気を吸って、名も知らない小さな花を眺めながら歩きました。

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この階段は有名な230段。
教育勅語を出されたのが明治23年10月なので、23×10で230段、23段ごとに少し平らなスペースがあり小休止にちょうどいい段数です。
それでもしんどい、ひぃひぃはぁはぁでした。
階段の下に立つと、グッと迫ってくる圧倒的な風景、写真で見るより荘厳です。
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御陵に近づけるのはここまで。
鳥居の奥に上円下方墳という形のこんもりとしたお墓が見えます。

少し離れた隣には、皇后陛下だった昭憲皇太后のお墓もあります。
社会福祉や女子教育に尽力し、日本赤十字社を設立した方です。

御陵の森から出てみたら、電車の駅ひとつ先に出ました。

孝明天皇、明治天皇にまつわるエピソードなど、幕末好きのわたしらは話題に事欠きません。
Bちゃんが読んだという明治神宮造営に関する小説『落陽』、わたしもぜひ読みたいと思いました。
とにもかくにもこうして気軽にお出かけできる日が戻ってきたことが一番嬉しいことでした。

 

 

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2023年5月14日 (日)

「ザ・グローリー」イッキ見

ネット界のちまたで話題の韓国ドラマ「ザ・グローリー」を観ました。
以下、ネタバレありです。

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高校時代に壮絶ないじめを受けたソン・ヘギョ演じるドンウンが、大人になってからいじめたやつらに復讐するハナシです。
「な~んだ、よくあるシチュエーションじゃないのさ」
と思われがちですが、違うんです。
韓ドラなんです。
暴力シーン、死体、ナマ傷、傷あと・・・情け容赦なし、リアルなんです。
復讐は緻密で胸がすく思いなんです。

ヘアアイロンで火傷させられたドンウン、何年たっても傷跡が消えることはない。
当然、心の傷もずっと消えない。

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ソン・ヘギョと彼女の復讐を手伝う医者ヨジョン役のイ・ドヒョン以外はほぼ知らない俳優さんばかりでした。
加えて善人と悪人がはっきりしているので、すんなり感情移入できました。

悪い奴らは昔も今も本当に悪い、胸くそが悪くなるくらい悪い。
途中で改心する奴が出てきてもよさそうなものなのに、とことん悪い。
おまけに悪い奴らは、平気で仲間を裏切る。
親も悪い、なんでもカネで解決しようとする。

実は、評判のよいドラマでしたが、1話目のいじめのシーンがあまりにも酷くて(これも話題になっている)わたしは途中で観るのをやめたものの、ただ今Netflixで少しずつ配信中の「良くも、悪くも、だって母親」の次の配信を待つ間に「ザ・グローリー」を2話から観てみたら・・・あれよあれよとすっかりとりこになり、イッキに最終回まで観てしまったのです。
「ザ・グローリー」の医師ヨジョンは「良くも、悪くも・・・」での子どもに戻った息子ガンホです。

Ido

ドンウンは復讐に直接手を下しません。
ドンウンがいじめの主犯格のヨンジンの子どもの担任になるところから、じわじわと頭脳戦、心理戦で締め付けていき、仲間割れ、新たな殺人、自滅へと追い込みます。
何でもうまくコトが運ぶところが気持ちいい。

悪いやつばかりの中で注目は、ヨンジンの夫ハ・ドヨンでした。
この人は、途中ドンウンに揺れた(韓ドラではこの表現よく出てきます、恋人や伴侶がいても別の異性に惹かれること)と思います。
紳士的で、冷静な判断のできる企業家ですが、子どもを守るため、あぁそのかわいい娘は自分のタネではないと知っていても・・・この子の前ではとびきりの笑顔で守り切ります。

Doyonn

ハ・ドヨン、かっこいい。

今まで見たことのない俳優さんですが、このドラマを機にブレイクしているようです。
実生活では極貧の育ちで、小学生のときから祖母の介護をして、泥水を飲んで空腹をしのいだと言ってますが、なんの、根っからの富豪育ちに見える名演技でした、惚れました。

最後にドンウンは復讐の手を緩めるのではないか、相棒の医者の良心がみんな仲良く、みたいな方向へ持っていくのではないか、とヒヤヒヤしましたが、いいえそこは韓ドラ、最後までブレませんでした。
水戸黄門、必殺仕事人など勧善懲悪のストーリーがウケるのは万国共通なんですね。
*画像はNetflixからお借りしました。

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2023年5月10日 (水)

かもめ食堂から

この夏は信州あたりのペンションへ行ってみたくなりました。
小林聡美サンがペンションのオーナーとなって宿泊客と触れ合うドラマ『ペンションメッツァ』を観たからです。

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お客は役所広司さんや伊藤健太郎くんや板谷由夏さんなど。

『かもめ食堂』のように事件が起こるわけでも、ハラハラドキドキさせられるわけでもありませんが、1話30分のドラマは次々観てしまいあっという間に7話が終わりました。
休日の夕方にTVでやってる、都会から移住して田舎でカフェやってます、木工や陶芸やってます、って言うスローライフを紹介する番組に似通ったものがある、ゆる〜いドラマです。

聡美さんが宿泊客と交わす会話にちょっと共感することはあっても、それも本当にちょっとです。
なのに続きが気になるのは、やはりこの人が醸し出すおおらかな雰囲気、細かいことは気にしない、明日は明日の風が吹く、美味しいものを食べたら幸せな気分になるわよ、メッツァってね、フィンランド語で『森』って意味なのよ、ほら、木々の間を通る風の音に耳をすませてごらんなさい・・・っていう世界観に惹かれて、でしょうか。

『かもめ食堂』のとき、聡美さんは41歳でした。

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あれから17年、容色が全く衰えてないかと言うとそうでもなく、しかし、いい感じに年齢を重ねてこられたようで、自然な演技により磨きがかかっています。
ナチュラルなメイクとリネン系ファッション、飾らないインテリア、森の木々を眺めながらテラスでお茶・・・
こんなペンションに泊まってみたいと思わせる背景です。

そうそう、同じく聡美さんの『パンとスープと猫日和』という2013年のドラマは、スープがメインの食堂で、聡美サンが人とつながる様子を描いています。

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聡美サンのドラマは、ステイホームでゆったりとした気分で観るドラマ、観終わった後ほんわかするドラマなんですねぇ。
わたし個人的には、これらのドラマに共通して言えることは、出てくる食事がどれも美味しそう、と言うことです。
ああ、読みかけの小説と気になる新刊を何冊か持って、土地の野菜をおいしく食べさせてくれるところへ行きたいなぁ・・・。
*画像は、U-NEXTの紹介サイトからお借りしました。

 

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2023年5月 6日 (土)

端午の節句

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GWには、あねこの家族が来る予定でしたが、孫のAちゃんがRSウィルスに感染し、高い熱と咳が続いていたので見合わせました。

う~じんは連休の前半に帰省して、友だちと会ったり、お買い物に行ったり、簿記の勉強をしたりしていました。

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こんな風に散らかった光景の画像を貼るのは久しぶりです。
写ってはないですが、この上側には着るのか脱いだのかわからないパジャマ類、左側にスーツケースが広げてあり、モノが溢れていました。

深夜に帰宅したり、こたつでひと晩中寝てしまったり、夜中にお風呂に入ったり・・・やりたい放題だった娘との日々が懐かしく感じられます。
今となっては、なんであんなにガミガミ怒ってばっかりいたんだろう、とわたしは首をかしげています。
いくら叱ったってのれんに腕押し、自分の神経が擦り切れるだけだったじゃないか。

そんなう~じんは昨日の早朝、リクエストのおにぎりを10個持って始発の電車で帰って行きました。
鮭、たらこ、ツナ、そして大好きなかつお梅、小分けにして食べるんだそうです。

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B男くんは夜にしょうぶ湯につかりながらこんなことをして遊んでいました。

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小さいころ端午の節句のときに飾られた鍾馗人形の顔のようだと笑いながら。
静かな日々が戻ってきました。

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2023年5月 4日 (木)

神君伊賀越え

天正10年6月2日(1582年6月21日)の本能寺の変のとき、徳川家康は観光で訪れていた大阪の堺で、織田信長が家臣トップの明智光秀に討たれたことを知らされました。
そこから家康は、わずかな家臣とともに野を越え山を越え、急ぎ三河へ帰ろうとするのですが、途中、滋賀県甲賀市信楽町にある『小川城』へ立ち寄ります。

GWに帰省中のう~じんが、この小川城ゆかりの『多羅尾代官屋敷跡』へ行ってみたいと言うので、よく晴れた日、B男くんとわたしと一緒に行ってきました。
小川城は現在建物などなく、こんもりした砦を残すのみとなっています。
NHKの大河ドラマ『どうする家康』でも近いうちに本能寺の変が描かれることとなるでしょう。
どのルートを通る?誰を信用する?どうする?どうする家康?
タイトルどおり、岐路での選択と決断の場面がうまく描かれています。
わが家でも、う~じんも毎週楽しみに観ています。

のどかな山間の集落のはずれ、清らかな小川。

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きれいに手入れされた丘です。

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現在、代官屋敷跡に主だった建物はありません。

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木立の中、マムシグサがあちこちに・・・有毒です、ひえ~。
ほんま、蝮のような柄です。

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家康の伊賀越えは、京都の宇治田原から滋賀へ入り、ここからが難所となります。

家康はこの数日前に滋賀の安土城で信長の接待を受けており、光秀はその接待の責任者だったので、安土を発った家康のその後の行程はバレバレであり、光秀側の探索に警戒しながら、行く先々で農民の落ち武者狩りに警戒しなければなりません。

しかも、伊賀は自分らの領主権を守るため、長年にわたり惣国一揆を起こして信長を手こずらせてきたものが、この前年信長の激しい伊賀攻めによりついに解体されたことから、信長憎しの土地なのです。

多羅尾家の領主であった高山光俊は、甲賀から伊賀へ向かう家康の道中の警護に尽力した功績により、多羅尾には代官屋敷が置かれ、多羅尾家は明治維新まで手厚い保護を受けることとなりました。
この伊賀越えでは、服部半蔵の忍者衆による警護、京の豪商茶屋四郎次郎の財力による警護など多数の人の協力があって無事成し遂げられたようで多羅尾家のほか、服部半蔵は旗本として半蔵門と呼ばれることになる門の守備にあたり、茶屋四郎次郎は徳川家の御服御用達となるのです。

ところでこの日、信楽町では信楽駅前で陶器市、陶芸の森では作家市が開催されていて、向かう道は国道1本のみ、会場のはるか手前から双方とも大渋滞でした。

帰りに陶器市でも見ようかと思っていたわたしたちの思惑は甘々でした。
代官屋敷跡を見学したあと、カーナビで帰路を探し、一旦三重県の伊賀市へ抜けることにしました。

滋賀の甲賀と三重の伊賀は御斎峠(おとぎとうげ)をはさんだ土地です。
信楽側からゴルフ場を越えるくねくねと曲がりくねった細い道路が続いています。

するとこんな看板を見つけました。

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『徳川家康伊賀越の道』
ふむふむ、ここを通ったのか・・・。
奇しくも家康と同じルートを通ることになったのです。

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そしてその隣に『仕置場跡』
説明を読むと処刑場のことでした。
処刑は12月20日ですって。
1月に死刑が決まった人も12月に決まった人も一斉にこの日に処刑されたのでしょうか、なんかちょっと不公平な気がします。

とりあえず、こうして440年ほど前に家康が命からがら通った道をたどって帰ってきました。
*現在、家康の伊賀越えのルートについては諸説あります。

 

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