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2021年10月 3日 (日)

わたしの頭の中の引き出し

法事のときの母の様子から、近い将来の自分の姿が想像できて、いっときわが身を顧みました。

60歳を超えて、年金の一部が支給されるほどの年齢になると、毎日どこかしらで小さい失敗をやらかしているもんです。
と、やや他人事のように書いたのは、わたしだけじゃないとの思いが少なからずあるからです。

B男くんは、ジムのランニングマシーンでモニターのマラソンを見ながら歩いていたら、自分も走れるような気になり、走りこんでみたらすぐに膝の調子が悪くなりました。

さらにあねこの結婚式で、平静を装ってバージンロードを歩き、後でアイタタ〜っとなり、以来1ヶ月半、未だに少し足を引きずっています

友人は、お風呂掃除のときに滑って転んで肋骨を骨折、1ヶ月半になりますが回復までにはまだ日にちがかかるそうです。

わたしはと言うと、5月の連休中に階段で滑って背中を強打し、この世の終わりと観念してから数ヶ月、横着をしないと誓ったはずなのに、せっかちでときどき顔を出す根拠のない過剰な自信ゆえか、日々横着から失敗を繰り返しています。
慎重に慎重を重ねて暮らしている母のことをちょっとは見習わなければと思います。

「あの人の名前は何だったっけ?」
「あれ?ここへ何しに来たんだった?」
などと言う初期段階は過ぎました。
そんなことをいちいち気にしていたらしんどいです。
もっと派手に目に見えることをやらかしてます。

食器棚に食器を片付けるときに、お皿、丼鉢、汁椀を重ねて持ち、右手で食器棚の扉を開けた途端に左手のバランスが崩れ、お皿と丼鉢は木っ端みじん。

朝夕涼しくなった今日このごろ、羽織ったカーディガンの縫い目がほつれていたので、垂れた糸を切ろうと、着たままハサミを使ったら、中に来ていたTシャツまでカット、どう言う切り方をしたらそうなるのか、未だもって不思議です。

スーパーのセルフレジで、最後に袋に入れようと思いレジ横の棚に一旦置いたパン類をごっそり忘れて帰りました。
後ろで店員さんが何か叫んでいたような気がしますが、誰のこと?

数え上げればキリがない、失敗しない日はないくらいの情けない毎日ですが、幸いなことにそう言うことはすぐに忘れてしまうんです。
もちろん、完全に忘れたわけではありません。
ここに書き上げられるくらいですから、思い出そうとしたら思い出せます。

しかし、例えば、、、
普段あまり開けない引き出しの奥に入れてしまったように、あるいは、上から半透明の布をかけたようにぼんやりと覚えていて、すっぽりと忘れてしまっているわけではないのです。
引き出しを開けたり、布をめくったらいつでも取り出せるような位置にあるとでも言うべきですかねぇ。
そのうち引き出しにしまったことや、布をかけたことさえ忘れてしまうのかもしれませんが、そうなったらなったで、そのとき悩むことにします。

「身体に気ぃつけて過ごしなさいや」
いつも帰り際に母からかけられる言葉が、だんだん身に染みてくる毎日です。

Img_9894

今日の庭の花たち、まだまだ夏の花が満開です。

 

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