« 寂々 | トップページ | GoTo・・・いろいろ »

2020年10月24日 (土)

捨てる・残すの攻防戦

慌ただしく父を見送ってから3週間、朝夕すっかり冷え込むようになりました。

今日の三七日法要では、コロナ対策のため建具が開け放されたお寺の本堂で椅子に腰掛けていると、足元がスースーしました。
母が薄手の黒いコートを着たまま本堂でも脱がないので、それはどうかと思いましたが、読経が始まるとすぐに「次の法要ではひざ掛けがいるなぁ・・・」などと用意周到な母を責められないと考えを改めました。

休みの日、七日ごとのお参りとは別に、兄に呼ばれて父の遺品の整理に実家へ行きました。
うちの娘たちは、これがあったらもらってきて欲しいと言いました。

Photo_20201024145601

そんなものあったらわたしだって欲しい、よっしゃ、探してくるわ、と威勢よく出かけましたが・・・
七つボタンはおろか、昔のアルバムさえないのです。
わたしが小さいころは、黒の制服、白の制服を来た父の写真が貼られたアルバムが確かにあったのですが。

服や下着、かばんなどをゴミ袋に詰めていると、母が横から
「それはまだ使える」
と言って捨てさせません。
それは、思い出がどうとかいうことではなく、ただ単にもったいないだけで、戦前戦中戦後のモノのない時代に育った人としては、新しい下着などを捨てるという選択肢はないのです。
捨てる、あかん・・・の繰り返しで作業は進みません。

「玄関の履物を見てきて」
と言うと、そこでも父の新しい靴を残しています。
「わたしが死んだら捨てていいから」
の一点張りです。

まあ、急に全部捨てるのも母がかわいそうなので、追々処分することにして、それでも半日くらいで済むと思っていたものが丸一日かかり、思い出の品を数点貰ってきました。

先日、名古屋に住む姪(兄の長女)が、
「実家へ行って、おじいちゃんのいた離れの方を見ると、ああ、おじいちゃんはもうあそこにいないんだと気づいて、涙がこみ上げてきます」
とLINEで言ってましたが、その離れからベッドや父用のソファ(母用は別にあり、並んで腰掛けている光景は見たことがなかった)が運び出され、がら~んとした部屋を見たら姪はまた涙するんだろうなぁと思いながら帰ってきました。

|

« 寂々 | トップページ | GoTo・・・いろいろ »

コメント

れいちさん
亡くなられた方の物をいつ頃から整理するかって、その家、その人、それぞれですよね。
そのままの状態でも、かえっていなくなった哀しみがつのるし、だからといってきれいさっぱり、ともいかない。

>「わたしが死んだら捨てていいから」
の一点張りです。
どこの家もあるあるです。

私の父は亡くなって来年で10年になりますが、まだまだコートやモーニングなどの洋服が残っています。実家の玄関にはずっと父のサンダルが置いてあり、鍵の開け閉めをするとき履きますが、なんだか暖かい気持ちになります。
姪御さん、帰省したら寂しいことでしょうね。

>七つボタンはおろか、昔のアルバムさえないのです。
これはね、ほんとに謎です。
我が家もいまだ見つかっておりません。
リフォームのための片づけで見つかることを密かに期待しております。。

ところで、お父様の洋服や下着、ごみになさるんなら、色々寄付できるところがありますよ。
私は着物仲間に教わった大阪の箕面市の
豊能障碍者労働センターに送り、リサイクルショップやバザー品として役立てていただいています。送ると、必ずそこで働いている人直筆の「ありがとう」と葉書がきて、ちょっと嬉しいです。

http://tumiki.jp/bazar.html

1,2回しか着ていない下着類は、洗ってあるものなら、介護施設やデイサービスへの寄付も喜ばれると思います。紙おむつなども、ありがたいと聞いています。ご参考までに。

投稿: 秀子 | 2020年10月26日 (月) 18時28分

れいちさん
突然のお別れから、もう早三七日の法要ですか。
寂しいですね。

私の父が亡くなって13年。
父の遺品整理のときにニットシャツを1枚だけもらってきました。
私が父に最後にプレゼントしたシャツです。
そのシャツは箪笥の底にいつもあって、私を励ましてくれます。

昔の写真って、白黒で修正がよくされているのか、めちゃくちゃ男前、美女ぞろいですよね。
厳しい時代を生きた人達の凛々しい姿に、つい目が釘づけになってしまいます。
今度帰省したら、日向ぼっこしながら古いアルバムをみよーっと。
あの湿気た香りが、これまたいいんですわぁ。

投稿: bonn | 2020年10月27日 (火) 13時50分

秀子さん
実家を離れてから何十年も経っていて、普段はその存在を意識していないのに、ここに来て父の存在の大きさに改めて気づいています。

今日も定期的な検診で病院へ行ってきましたが、悪いようにはならへんよねぇ・・・などと心の中で話しかけて安心していました。

秀子さんのお父さんのコートやモーニング、結局は、そしていつかは処分しなければならないのでしょうが、気持ちが納得しませんよね。
わたしと兄は一気に今のうちにと思っていますが、うちの母が言う、わたしが死んだら・・・って、それもまたよくわかるので、そのときに一緒に処分しようと兄と話しています。

父は、いつのころからか自分のものを断捨離していたようで、会社員時代の背広やカバンはほとんどなくて、退職後の書や絵も最小限残したほかは、処分していました。

下着などの寄付について、情報ありがとうございます。
そういう手があったのですね、覚えておきます。

投稿: れいち | 2020年10月28日 (水) 15時08分

bonnちゃん
父の生前はbonnちゃんのお父さんとも仲良くしていただいてありがとうございました。
菊華の季節です、今ごろあの世で、鉢植えの出来を茶飲み話にしたいところでしょうが、父は七日ごとの関所をあと4回越えないと極楽浄土へたどり着けませんので、もうちょっと待ってくださいとbonnちゃんのお父さんに伝えておいてね。

>ニットシャツを1枚だけもらってきました。
わたしは薄手のヤッケをもらってきました。
少し寒くなってきたので今、着ています。
懐中時計は、B男くんが使うと言って時計屋で直してくれました、父も喜んでいると思います。

写真ねぇ・・・
すごい髪型の、佐分利信か田中絹代かって時代のものがありましたわ。
それを見ながら、しばし遺品整理の手を止めて、こういうふうに思い出を語りながら、笑って泣いて・・・って時間も必要だよねぇ。

投稿: れいち | 2020年10月28日 (水) 15時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 寂々 | トップページ | GoTo・・・いろいろ »