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2020年10月14日 (水)

寂々

朝ドラ「エール」で、主人公の古山祐一が、海軍予科練習生の成長を描く映画音楽を担当する過程で、実際に予科練生の生活を体験するため体験入隊するくだりがありました。

吊り床というハンモックで寝ようとする祐一は、うまくいかずに落ちてしまいます。

実際の吊り床で寝る感じはどうだったのと、その昔に予科練生だった父に聞こうにも、父はもうこの世にいません。

先週の初め、祐一に召集令状が来た日の夕刻、亡くなりました。

お葬式は、親族だけで悲しみや思い出を共有して、泣きたいときに誰はばかることもなく泣いて、それでも賑やかに送ってあげました。

ふとした拍子に元気だったころの笑顔が思い出されます。

還暦を過ぎた年齢になっても、親と死に別れるのはとても寂しいものです。

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コメント

れいちさん
お父様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。
季節の変わり目に逝ってしまわれたのですね。
先月、れいちさんが訪ねられて、嬉しかったことでしょう。

先週から今週の「エール」は見ていても辛い場面が多いですね。『若鷲の歌』を聞きながら、大学時代の友人のお父様が飛行隊として霞ケ浦上空を飛んでいたこと、身体に飛行機が燃えたときの火傷の痕があったこと、しかし詳しい話はしたことがなかったことを思い出しました。

れいちさんが、三重県の香良洲平和資料館にお父様とご一緒に行かれた時のことが印象に残っています。あれから7年も経っていたことに驚きました。

10月は亡くなった義父の誕生月です。私は折にふれ、義父や実父のことを思い出します。
母たちが穏やかに日々送れることをいつもお願いしている自分がいて、そうして心の支えになってくれる存在でいてくれることに感謝しています。

合掌

投稿: 秀子 | 2020年10月16日 (金) 13時52分

秀子さん
わたしにとっては急なことで驚くばかりの父の最期でしたが、兄は覚悟をしていたようです。
やはり毎日顔を見て話している家族ですね。

先月末、うちの娘たちも帰ってきて父に会いに行きました。
娘たちにひと言ずつ、ありがたい言葉をかけてくれました。
そのとき、わたしに
「K男(わたしの兄)がよくしてくれるからありがたい」
としみじみ言っていましたが、
「よくしてくれる子に育てたのはお父さんですよ」
と言ってあげたかったです。
兄夫婦にはわたしも感謝しています。
本当によく面倒を見てくれました。

お通夜の日、お棺に入れる袈裟などを探していて、父の箪笥から自分史と書いた巻物を見つけました。
若いころの思い出はやはり予科練での生活だったようで、詳しく書かれていました。
あと、結婚とか子どもに関することはさら~っと・・・ふふふ。
香良洲の平和記念館、行っておいてよかったです。

>母たちが穏やかに日々送れることをいつもお願いしている自分がいて、そうして心の支えになってくれる存在でいてくれることに感謝しています。

本当にそのとおりですね。
母は、毎日仏壇の灯明やお供えのことで動き回っています。
わたしは、母のことは父に頼んでおけば大丈夫、悪いようにはならない、と勝手に思い込んでいます。
明日はふた七日です。

投稿: れいち | 2020年10月17日 (土) 10時02分

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