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2020年6月24日 (水)

麒麟は・・・いた

都道府県間の移動自粛要請が解除された週末、B男くんと明智光秀ゆかりの西教寺へ行ってきました。

西教寺は、比叡山のふもと、大津市坂本にある天台宗の総本山で、織田信長の比叡山焼き討ちのあと、明智光秀がその再建に尽力したと伝わる寺院です。

大津市内には、派は違いますが天台宗の総本山とされる延暦寺、三井寺があり、それらに比べるとこの西教寺はやや知名度は低いようですが、今回大河ドラマ『麒麟がくる』の関係で歴史探訪番組などで取り上げられ、すっかり有名になり、敷地内には『光秀大博覧会』の会場が設置されていました。

門前町にはいたるところにこの地域の石工である穴太(あのう)衆が積んだ石垣が見られます。
お坊さんの隠居所は里坊と呼ばれ、坂本あたりにはこの里坊が50ヶ所もあり、それらの石垣は穴太衆の積んだものです。
自然石にあまり手を加えない野面積みは堅固で美しく、周囲の風景にしっくりと溶け込んでいます。
安土城の石垣を作って以来、城の石垣といえば穴太衆と言われるくらい引っ張りだこだったそうです。

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山門、わりと質素です。

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参道は涼やかで、気持ちの良い木陰が続いていました。

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本堂や塔頭を見て回り、光秀の墓

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奥さんの煕子の墓、光秀の看病疲れがもとで亡くなったとされ、当時の武将は奥さんの葬儀には参列しないのが通例であったのに、奥さん思いの光秀は参列したそうです。

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最後にこの寺院の宗祖大師殿前にある唐門へ。

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大師殿側から門を通して琵琶湖が見えます。
その門をよく見ると、麒麟が一対彫られており、右は口を開け左は閉じている『あうん』の形になっています。

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そんな昔から麒麟は平和の象徴だったようです。
大河ドラマでよく「いつか麒麟が来る世の中に・・・」「争いのない平和な世には麒麟が来る・・・」などと言われていますが、この門からヒントを得たんでしょうか。
毎回ドラマが終わるとゆかりの地域が紹介されており、そのうちこの唐門の麒麟の彫刻が出てくるやもしれませんね。

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