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2013年10月29日 (火)

新しもん好き

いつぞや、コメント欄でBさんが
『れいち家恒例の夏の大掃除はどうなった?』
と聞いておられましたが、今年もやってまっせ~。
ただし、この夏はさすがに暑さがこたえたので、ちょっと涼しくなった秋口から取り掛かっています。

B男くんが高圧洗浄機を買いました。
これで、ガレージの壁や排水溝などにたまった汚れを取るんだと張り切っていました。

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実は最近、我が家のご近所では、高圧洗浄機で家の周囲や車を掃除するのがブームでして、B男くんもひそかに買い時をねらっていたようです。
たしかにきれいになります。
コンクリートの地面は白く塗り立てみたいに美しくなるし、溝と溝蓋の間のちょっとした隙間の土や雑草など、気持ちいいくらいにとれます。
ガレージの壁なんぞ、塗装がはがれたほどです、おいおい。

しかし・・・

飛び散るんです。
水や泥が周りに飛び散り、お隣の壁や車に迷惑をかけないか気を使いながらやらなくてはなりません。
というわけで、高圧洗浄機にはしばらくお休みいただくことになりました。

先日来B男くんは、ジャパネットたかたのCMなのか番組なのかわからん通販をずっと見ています。
『これええなあ、買おうかな』
とつぶやいていたのは、お日様に当てるよりずっときれいになる布団掃除機と節水できるシャワーヘッドです。
やめてくれ~、新しもん好きのおっさん。
それ、ほんまに使うのん?
すぐに飽きひん?
わたしには断捨離を勧めておいて、自分にはちょっと甘くない?

かくして大掃除でモノを捨てるシリから、モノが増えていく我が家です。

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2013年10月24日 (木)

それぞれの恋愛事情

突然ですが、う~じんはカレシができたらしい。

そしてそのカレシと沖縄へダイビング旅行に行ったらしい。
ふたりで首に大蛇を巻いている仲良しの写真が家族のLINEに載っていました。
社会人2年目、24歳になっているのだからカレシがいないのがおかしいくらい、別に驚きませんでした。

カレシがいないのがおかしい・・・で気になるのはあねこです。

先日、いつものように電話でくだらない話をしていて、あねこが『現在も将来もなんの計画性もなく結婚しようとしている友だちが心配だ』というので、前から言いたくてたまらなかったけれど言えなかったことをついに言ってしまいました。

「・・・で、あんたはどうなん?」
わたしは、あねこのことを『カレシいない歴27年』だと思っています。
何度かあねこのところへ行って部屋をクンクンしてみましたが、それらしい匂いはしません。
他人のことを心配している場合じゃないでしょ?みたいな問いかけに怒り出すかと思ったら
「そうやねん、自分でも他人のこと言える状況やないってわかってるねんけどなぁ・・・」
おっ、なかなか素直になっている、チャンスだ。
「あんたは今まで恋をしたことあるのん?」
「・・・」
しまった、禁句だったか。
「あのなぁ、27にもなってそんな経験のない人いてへんで」
ああ、よかった。
あねこも人並みに恋をしているらしい。

今の赴任地で結婚したら、一生そこに住むことになるから一線を引いているとも言ってました。
長女として家のことや親のことを気にかけているようです。
でも、ひょっとしたらそういう決心が、ここぞというときに一歩踏み出せずにいるのかもしれない。
わたしは、若いうちはいっぱい恋をしていろんな経験をしたらいいと思ってはいますが、そろそろ寄り道ばかりしていられない年齢になっていることも確かです。

しかし、あねこが普通に恋愛をしていること、そういうことを普通に話せたこと、それが嬉しくてたまらないわたしでした。

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2013年10月19日 (土)

季節外れの

急に寒くなりました。

ガスストーブのリースの連絡をして、ホットカーペットを敷いて、シーツをボアにして、まろんの小屋の敷物を冬用にしました。

あわただしい休日でした。

ところで、この夏じゅう目にも舌にも楽しませてもらったトケイソウでしたが、まだまだ青々と繁っています。
二度目の花が咲いて、実を結びました。

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収穫が楽しみです。

季節外れの台風が近づいてきています。
みなさん、お気をつけてお過ごしください。

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2013年10月14日 (月)

そして父になる

『そして父になる』

「病院での新生児の取り違え、過去の例では、早いうちに交換されてます」
そんな簡単なハナシではない。
「犬や猫みたいに・・・」
「犬や猫だってそんな簡単に交換しないわよっ」

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これは、こどもを交換するという前提で、両方の家族が交流を深めるため河原で遊んだあと、記念写真を撮るシーンです。
映画を見たあとでは、それぞれの人物像がよく表れている写真だとわかります。
こどもたちの不安と困惑の表情、感心させられました。

福山演じるエリート父は、人生負け知らずのちょっと非情な男に描かれています。
対照的に、写真の服装を見ても分かるように、リリーさん演じる電気屋の大将はおおらかそのものです。
福山父が揺れて悩んで“父になる”過程が丁寧に描かれていますが、リリーさん父の気持ちがわかりにくく、つまりおおらかだけど優柔不断なのか、時間をかけようとしているのか・・・、はっきりと立場を表明しないあたり、この人はどんな“父になる”のか想像の余地が大有りでした。

こどもたちが泣いたり交換されることを嫌がったりするシーンはなくて、大人たちの間で不安な気持ちを抱えながら、おとなしく大人の指示に従います。
ここらへん、こどもの気持ちはちょっと置き去り。
しかし、ところどころでハッとする言葉・表情を見せてくれて、それに泣かされました。

血を分けた自分のこどもと、6年間愛情を注いで育てた他人の子、自分ならどうするだろう・・・わからない、結局何が一番いい方法かなんて誰にもわからない。

結論も出ない。

見応えありの秀作でした。

これから見る人、電気屋の次男坊にも注目してみてください。
その演技というか存在が自然すぎて、目が離せませんでした。

この方も書いておられますので、合わせてお楽しみください。

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2013年10月 9日 (水)

まろん

まろんは今月14歳になります、人間でいうと72歳くらいの高齢です。

耳がよく聞こえないみたいで、大好きなビスケットの入れ物を振ってみても、若いときみたいに聞きつけて飛んでくることはなくなりました。

昼間はケージの入り口を開けておきますが、出ることもなくケージでうつらうつら、あるいはぐっすり寝ています。

そんなまろんは家の中をあちこち荒らしてくれました。

ドアを閉めておくと爪を立てるから傷だらけ、網戸やカーテンもぼろぼろ、一番ひどいのはソファです。
飛び乗るときに傷をつけたところがだんだん広がってきて、こんなことになりました。

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先日あねこのところへ行ったときに、ソファの色に飽きたからカバーをかけてイメージチェンジしたと言ってました。

ふ~ん・・・
あねこおすすめのニトリへちょっと見に行きましたら、売り場にカバーのかけ方のDVDが流れていました、かんたんにできそうです。
どうせまた、まろんが爪を立てるかもしれないから、今のところソファを新しくする気はありません。
これでいいや。
う~ん、なかなかいい感じ。

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はい、さっそくこんなことになりました。

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2013年10月 5日 (土)

函館の歳さん、ラスト

今回の記事は石碑だらけです。
興味のない人には『?』ですが、歳さんファンにはきっちり見分けがつくと思われます。

函館での新撰組の屯所は、『称名寺』という寺院でした。
付近はイギリスやフランスの領事館が立ち並ぶところ、和風建築が混在していたということです。
現在『函館元町ホテル』が建っています。

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函館戦争では、旧幕府軍が地元民から徴収していた軍資金が底を尽き、榎本武揚は豪商から納金させようとしましたが、土方がこれに反対し榎本案は立ち消えになりました。
これを知った豪商たちは土方亡き後、彼の供養塔を建てました。
これが称名寺の境内に残っています。

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現在の称名寺は・・・
市内を走る市電の終点のひとつ、函館どつく前から海沿いに外国人墓地の方向へ坂を上がっていく途中にあります。

その近くにある『高龍寺』は函館で一番古い寺院で、函館戦争時には函館病院の別院として使われました。
当時、戦いで傷を負った旧幕府軍の兵士が入院中、新政府軍の兵士が乱入して傷病兵を惨殺し寺に火を放ったとされます。
傷病兵は会津藩の者だったので、明治の世になって旧会津藩関係者が供養の碑を建てました。

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『傷心惨目の碑』と刻まれています。
なんとも痛ましい文字です。
写真には写っていませんが、碑の右隣には会津地方の野山に自生するベニサラサドウダンの木とご神杉が植えられています。

このベニサラサドウダンは福島県知事時代の松平勇雄氏が植樹したもので、松平氏は会津藩最後の藩主である松平容保のお孫さんです。

さて、石碑の締めくくりはやはり『一本木関門』です。
市内の福祉センター横にある若松緑地公園と言うハマナスの花が咲き、よく手入れされた公園の一角に位置します。

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最後は、歳三が写真を撮った田本研造の写真館です。
これはちょっと探し回りました。

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当時の會所町15番地は現在の末広町のこのあたりです。
突き当りは函館山、反対側は海です。
歳さんは、ここで生涯1枚の写真を撮ったものと思われます。

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これで、函館の土方歳三を訪ねる旅行記は終わりです。
今回、行く先々で歳さんファンに出会いました。
こちらにも毎日たくさんのご訪問をいただいており、ありがとうございます。
もし、記事や写真に間違いなどあればご指摘いただけたら幸いです。

おまけ・・・
今回のイカは立待岬のフェンスにずら~っと並ぶイカ、なかなかかわいいデザインでした。

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2013年10月 1日 (火)

碧玉となる

函館戦争終盤時には町の中が戦場と化し、あちこちに戦死者の遺体があったものの、賊軍(旧幕府軍)の戦死者を弔ってはならないという新政府のお達しにより、遺体は放置されたままでした。
それを見かねた侠客の柳川熊吉が、実行寺の住職とともに約800体の遺体を集め、実行寺に葬ったとされます。
この行為を新政府は厳しく攻めて熊吉を打ち首にしようとしますが、彼の堂々たる態度に結局は黙認されたということです。

最終的に熊吉は函館山に土地を買い、そこに戦死者を改葬して建てた碑が碧血碑(へっけつひ)です。

立待岬を見てから・・・

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山の中腹をしばらく進むと車が入れない道になり、立札が出ています。

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こんな道。

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ちょっと怖いけど、さっきの立札に230メートルって書いてあったし・・・
こ、これはなに?
クマのあしあと?(・・・んなアホな)

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びくびくしながら進むと、数人の先客さんがおられました。

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碧血碑という碑銘の由来は『忠義を貫いて死んだ者の血は、地中で三年経てば碧玉となる』という中国の伝説にちなんでいるそうです。

幕府のため、それが正義と信じて戦っていたら、ある日突然新政府が樹立され、自分らは賊軍となり追われる立場となった旧幕府軍の戦士たち。
葬られずに討ち捨てられた戦士たちはここに葬られ、まさに3年経ったころその血は碧玉となったことでしょう。

【おまけ】

あねこが・・・

昨年食べたトラピスト修道院のソフトクリームに並ぶおいしいソフトクリームが、トラピスチヌ修道院にあると言うから行きました。

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トラピストほどの濃厚さはないけれど、なめらかでやや甘め、ミルクの風味がしっかり香るおいしいソフトクリームでした。
(正確には、修道院の前の市民の森のログハウス風売店で売っています。)

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