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2012年3月29日 (木)

ちょっとひと息

Photo_2引っ越しの片づけもほぼ終わり、ほっと落ち着いた日の夜・・・

「今夜ナニ食べる~?」
「居酒屋は行ったし、バイキングも行ったし、中華も食べたし」
「このへんで新大久保にご挨拶に行かんとあかんなぁ」
「そろそろ言い出すころやと思ってたわ(笑)」
と言うことで、韓流の聖地新大久保へ行ってまいりました。

Dmz2新大久保には、DMZと言う居酒屋がありました。
DMZとは、朝鮮半島を南北に分けている北緯38度の軍事境界線付近にある非武装地帯のことで、徴兵された多くの軍人がここの警備につきます。
居酒屋DMZは軍隊風になっていて、第3トンネル(北側から秘密裏に掘られたトンネル)のような入り口に迎えられ謎の監視小屋の前を通り入店、突き出しが軍隊の弁当箱で出てきたり、マッコリがアルミのやかんに入っていたり、店員さんは迷彩服を着ているなどなど・・・なんともくすぐられる演出になっている(なっていた)ようなのです。

昨年の夏に来たときは昼間だったのでその近くで焼肉を食べたのですが、DMZは閉店したという噂を聞いたのものの看板があるのを確認しました。
食べログには電話番号もそのまま載っています。
しかし、あぁ・・・
グッズショップになっていたのです。
移転したのかと思いお店の人に確認しましたが
「ああ、あれはもうなくなりましたよ」
と、かわいいお兄ちゃんが教えてくれました。

仕方ない、第2希望のサムギョプサルの『とんちゃん』へ行こう。
駅前ではなく、職安通りを渡った新宿店へ行きました。

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入り口は木枠にビニールを貼っただけのドア、テーブルはドラム缶にアルミ板、椅子も蓋付き缶でその中に荷物を入れる仕組み。
まるでソウルの屋台のような別世界、感激です。

さて、サムギョプサルとは・・・
豚のバラ肉を大きいままカリカリに焼いてひと口大に切り(ここまで店員さんがやってくれるのでお客は手を出してはいけない)ネギやニンニク、ごま油やサムジャンという味噌をつけたものを、サンチュやレタスで巻いて食べる韓国ではポピュラーな焼肉です。

見て~!
この大きくて分厚いバラ肉、わたしは脂っこいのが苦手なのでロースを頼んだのですが、バラの方が断然おいしかったです。

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鉄板は斜めになっていて、下に脂を受ける器が置いてあります。
小皿は、もやし・サンチュ・海苔のナムルとカクテキで、お代わり自由です。

Ton_sinjuku
おいしかったなぁ、実においしかったです。
この幸せそうな顔、モザイクをかけなければならないのが残念です。

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2012年3月25日 (日)

新生活

この春は寒暖の差が大きい不安定な天気が続き、ただでさえ体調を崩しがちな日々の中、花粉と黄砂が一緒に飛び出すという花粉症持ちの人には地獄のような毎日ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
卒業式に関しては、心温まるコメントをたくさんいただきありがとうございました。
本人はこのブログの存在を知りませんのでいかんともしがたいのですが、思わずみなさんからのお祝いや励ましのコメントを伝えたい気持ちになりました。

さて、う~じんの引っ越しに行ってまいりました。

新幹線の中で、前記事に寄せてくださったコメントにお返しのコメントを入れながら窓の外を見れば、珍しくすっきりと見える富士山に『前途洋々』なる言葉が浮かびました。

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前もってこちらで買っておいた電化製品や家具は無料で全国配達、設置までしてくれるのが便利で助かります。
その後は新生活に足りないものを買い足したり、公共料金の支払いの手続きや住所変更に伴う手続きに役所を回ったり、空いた時間にはちょこっと観光をしたりおいしいものも食べたりしました。
(1合炊きの電子レンジ用お釜、なかなかおいしく炊けるスグレモノです)

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部屋はまだまだ殺風景ですがほぼ居心地よく片付き、日々のお買い物をするお店やゴミ出しのルールもう~じんが覚えたところで、わたしは帰ってきました。
(マイルくんも一緒にお引越しです)

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帰り道、電車の乗り換えを待っているころ
『おかあしゃん(´;ω;`)』
とひとことだけのメールがきて、“おかあしゃん”の胸はぐっと詰まったのでした。

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2012年3月17日 (土)

卒業

う~じんの大学の卒業式でした。

4年前、希望する大学じゃなかったけど、浪人するのが嫌で泣く泣く入学した春から・・・早かったなぁ。
無事に卒業できて、親としての役目も大きな山場を越えた気がします。

その日う~じんが選んだ衣装は、わたしの振袖でした。
自分からそれでいいと言いだしたのですが、やっぱりちょっと絵柄が時代遅れな気がして
「貸衣装の袴にしようか?」
と言っても
「2~3時間のことだからもったいない」
と言い張りました。

袴の子が圧倒的に多く、振袖は目立ちました。
「お母さんの着物を着てるねん」
ともだちに嬉しそうに話しているのを見ると、あながち我慢して着ているようでもなさそうでした。

S

う~ちゃん、卒業おめでとう。
どこにいても勉強はできる、悔しさをバネにするということを、身を持って学んだ大学生活でしたね。
その経験は今後も、苦しいときや哀しいとき、あなたの支えになることでしょう。
経験はただ漫然と積むだけではだめ、そこから学ぼうとする姿勢が豊かな人間性を作ることになるんですね。

いつもそばにいたお父さんとお母さんは、これからはちょっと引き下がってあなたを見守ることになります。
今までのようにすぐに手を貸してあげることはできないかもしれません。
自分で考えて、判断して乗り切っていくんですよ。

明るく素敵な未来が待っているように祈っています。

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2012年3月12日 (月)

落ち続け のち パーマ のち・・・

仕事が決まったら、髪を短くして春らしくパーマをかけようと思っていたら、
「それは違う、春らしくこぎれいにしないとどこも受からん」
と娘たちが言うので、先日美容院へ行ってきました。
なんと半年ぶりの美容院です。
髪は短かくなって扱いやすくなったけれど、なんだか毛先がぺんぺんはねててスーツに似合わないような気がしました。
「こんなんでええのか?」
「ええんや、要は気合いや気合い!」

そして臨んだ面接4つ・・・
すべてうまくいきました。
ここんとこ『残念ながらご期待には添えません・・・』 『今後のご活躍をお祈りします・・・』という不採用通知の連続だったから嬉しいなぁ。

来月から、通勤手当が出るか出ないかくらいの距離のところで事務の仕事をします。
ただし、契約は1年、その後は未定です。
とりあえず、お昼ご飯を作らなくてもよくなったことは確かです。

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ところで・・・

事務職では必ずパソコンのスキルを尋ねられます。
「ワード・エクセル充分に対応できます」
と答えていましたが、実のところ、エクセルでの表計算は基本的なことしかできません、ちょっと面倒な計算式となるとガイド本がなくてはできないのです。
不採用が続いたころ、ある面接で正直にそう言いました。
そしてついでだから
「画像の編集や加工ができます」
と言ってみたら
「どんなソフトを使いますか?」
と食いつかれたので
「ペイントとJTrimを併せて使います」
と言ったら、面接官が一斉にメモしました。
そして後日採用の連絡が来たのです。
以後、必ずこの『画像の編集』をアピールしたことは言うまでもありません。

いつも画像にモザイクをかけたり別人の顔をはめ込んだりしている技術(?)が、思わぬところでチカラを発揮した形となりました。

画像の編集ソフト無料版は こちら にあります。

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2012年3月 7日 (水)

宿場町のお菓子・・・草津宿

江戸時代の五街道と言うのは・・・

東海道・日光街道・奥州街道・中山道・甲州街道

の5つです。

このうち東海道五十三次と中山道六十九次は京都から大津宿・草津宿と街道と宿場を共有し、草津で別れて太平洋側を通るのが東海道、琵琶湖の右岸を北上して山の中を通るのが中山道です。

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赤色が東海道、青色が中山道、矢印が草津宿

東海道五十三次は国道1号線となり、JR東海道線・新幹線などで宿場の名前もよく耳にしますが、中山道は六十九次もあることさえあまり知られておらず、ちょっとマイナーなイメージです。

まだ肌寒い早春の一日、友人のBちゃんと草津宿を散策しました。

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右東海道いせみち、左中仙道美のぢ(美濃路)の道標

近くには大名・公家・旗本クラスが泊まった草津本陣があります。
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この本陣は、東海道筋でもほぼ完全に現存している貴重な史跡ということです。
吉良上野介や皇女和宮に混じり、新選組の土方歳三(heart04)などの名前が記載された大福帳が展示してありました。
歳さん(わたしとBちゃんの中ではすっかりアイドル)が新選組隊士の追加募集にお江戸へ行った慶応3年、新選組は幕臣に取りたてられていましたから歳さん御一行様は本陣に泊まれたのです。
その気性に似合わない優しい字を書いたと言われる歳さんでしたが、残念ながら大福帳の名前は歳さんの字ではなく、宿側が書いたものでした。

さて、宿場のお菓子は国道1号線沿いのドライブインうばが餅家の『うばが餅』です。
(全景写真と菓子の謂れはHPから)

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織田信長が天下をとり、近江の守護代となったころのこと。
近江源氏佐々木義賢も信長に滅ぼされ、その一族も各地に散在を余儀なくされる・・・・・・。
その中に三歳になる義賢の曾孫もいた。
義賢は臨終の際にその幼児を乳母である”福井との”に貞宗の守刀とともに託し息を引き取る。
乳母”との”は、郷里草津に身を潜め、幼児を抱いて住来の人に餅をつくっては売り、養育の資として質素に暮らした。
そのことを周囲の人たちも知り、乳母の誠実さを感じて誰いうことなく「姥が餅」と言ったという。

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宿場の茶店のお菓子なので、お抹茶ではなくそば茶とともに出てきました。
羽二重餅をこしあんで包み、上に白あんを乗せてお〇ぱいの形にしてあります、お値段は300円というお手ごろさでした。

今後も機会があれば宿場町のお菓子を訪ね歩きたいと思っています。

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2012年3月 2日 (金)

準備着々、古着の山

マンションを決めた。
電気製品を買った。
家具も揃えた。
それらを新居に配送してもらうように手続きもした。

う~じんの新生活スタート関係では、あと住所変更に伴う役所への届け出と、新居で必要なこまごましたものを現地で買いそろえるくらいです。

ところで・・・
以前はこども会が中心となって行っていた町内会の廃品回収を、最近こどもの数が激減したことによりやってくれなくなりました。
段ボールや古新聞は市が資源ごみとして回収してくれますが、古着は燃やせるゴミとしてゴミの日に出すしか仕方なかったところ、このたび、日時を決めて市が回収してくれることになりました。
これに合わせてわたしがやいやい言ったから、う~じんがたまりにたまった衣類をしぶしぶ整理しました。

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古着の山、要らないものをゴミ袋に入れたら7袋になりました。

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あ~すっきりした。
あとは部屋に山積みの雑誌や漫画本だな。

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