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2010年10月18日 (月)

石田町の石田三成

突然ですが・・・

豊臣秀吉と側室淀君の間のお子の本当の父親は誰なんでしょう?

秀吉には幾多の側室がいたにもかかわらず、淀君にしかこどもができなかった、よって夭折した鶴松と、のちに大阪夏の陣で家康に攻められて淀君とともに自害する秀頼は秀吉の実子ではなく、側近大野治長か石田三成の種ではないかと言われています。

淀君の乳母、大蔵卿局の実子で、淀君が茶々と呼ばれていた幼いころから親しく交友しつつ大きくなった大野治長か。
大阪城事務方のトップ、秀吉亡き後は東軍の家康になびく武将が多い中で、最後まで西軍として戦い果てた石田三成か。
はたまた第3の人物なのか。
いやいや本当は秀吉なのか。

さて、よく晴れた秋の一日、歴史上の人物のお墓参りが好きなB男くんと石田三成の生誕地、長浜市石田町へ行ってきました。

「八幡神社の本殿の後ろ側に触れると腹が痛くなる」
家康の探索を恐れた里の人たちは迷信を作り上げ、供養塔を土中に埋めてこっそり三成を供養してきましたが、近年それらは掘り起こされ家臣とともに祀られました。

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『初めの1杯は大きめのお椀にぬる目の茶を、二杯目はやや熱く、三杯目は小さな椀に熱い茶を・・・』
鷹狩りの途中に立ち寄ったお寺の小僧が出した茶の心配りで、その才を見抜いた秀吉が即刻家来に召抱えたとされる小僧は幼い日の三成、観音寺がその舞台です。

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来年のNHK大河ドラマは『江~姫たちの戦国』で、滋賀の湖北が舞台となることもあって、史跡には観光客の姿が多くありました。
しかしここにはだ~れもいなくてちょっと怖い。

三成が茶の水を汲んだ井戸。
このあたり、人里離れていてやっぱりちょっと怖い。

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翌日、職場でこのことを話したら
「あそこのトンネル通った?あ~・・・何にも出えへんかった?」
と言われました。
びぇ~~~。
どうやらスポットらしいです。
何か写ってないだろうか・・・と写真をまじまじと見てみる。

これ?

Sp

結論!
幼ないころからの乳兄弟、仲良く遊んだ相手と大きくなってから急に男女の仲になるとは考えにくい。
比べて、三成の生まれ育った長浜と目と鼻の先には淀君が生まれた小谷城があり、淀君と三成は故郷の思い出など話すうちに不覚にもその距離を縮めてしまったと想像する方が自然ではないか?
しかし、秀頼の誕生前の月日を指折ると、そのころ三成は朝鮮へ行っており、不義密通は無理との説もあり・・・ああ歴史って本当におもしろい。

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コメント

おおっ!!
長浜に来てたのね。
石田町は市内からは山一つ隔てたところにあり、
ものすごく遠いところと思っていて、
小学校の高学年の頃
校区を出てはいけないといわれてたのに、
自転車ではるばる『冒険』にでかけたものです。

「でる」のは多分れいちさんが通られたのの
一本横の道のトンネルじゃないかなあ。
今は広々~、どどーん!!の立派なのに変わっちゃったけれど、
以前はふる~くて、くら~くて、
おまけに通り抜けたところに古池、お墓、さびれた神社の三点セットで、
なんとも怖いトンネルでありましたわよ。

私は山岡荘八の『徳川家康』を読んで、
淀気味のお相手は大野氏だとフンでたのですが、
(いや、そう書いてあったわけじゃないけれど・・)
そうか、石田光成って説もあるのね。。。

投稿: 湖知流 | 2010年10月19日 (火) 08時27分

shockれいちさん、朝っぱらからちょっと怖い
お写真・・・の結論は?あうあう・・

石田光成・・・彼の名で
一番思い出すのが
大昔見た辻村ジュサブロー氏のお人形による
人形劇「真田十勇士」の
光成様かなあ。
エエ男はんどした。

最近印象深いのは小栗旬くんの光成様だろか。

高校生のころ、吉川英治氏の「織田信長」に
ハマりました。
真田十勇士の原作は柴田錬三郎氏(ちょっと、すけべなシーンあり)
司馬遼太郎氏も生意気によう読みました。
きっと半分くらいしかわかってなかったろうと思います。
また読み返してみようかすら。
そう思うと、新しい本買わなくてもエエかもわからん。

20代のころ、横浜のホテルニューグランドの
バーで生司馬氏をお見かけしました。
ほんとうに真っ白な髪のお~ら全開の小父さまでした。
同じころ、生前の手塚治氏も。
う~~ん、ご両人のサイン、頑張って
いただいておくんだったなと、いまさらちょっと
思ったりする私でした。

手塚先生、ほんとうにベレー帽姿でしたわ。

話、光成様からずれちゃったわいな。^^;

投稿: miyuki | 2010年10月19日 (火) 08時35分

coldsweats01coldsweats01うへへいっ^^;
ココログって、コメントはいちど投稿しちゃうと
直せないんだった。
ああはじゅかしい。
湖知流さんのコメント読んで
はたっと思いだした
大きな間違い

「織田信長」、山岡荘八氏でした。
吉川せんせいは「新書太閤記」でしたわなあ。

お詫びして訂正いたしますだおかだ。^^;;;;

投稿: miyuki | 2010年10月19日 (火) 08時44分

れいちさん
>『初めの1杯は大きめのお椀にぬる目の茶を、二杯目はやや熱く、三杯目は小さな椀に熱い茶を・・・』
私が小さい頃から、父親にお茶の出し方として言われてきたことです。まあ、これが出典だったのね~この年齢になって、ようやく知りましたpencil

でもね、若き日にこれをB男君のお父さんにやったら、一杯目から熱いお茶を所望されましただcrying
人生はこんなもの。
わが父よ、
娘の教育、色々違っていることありましたよ~coldsweats01

投稿: 秀子 | 2010年10月19日 (火) 23時26分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
湖知流さん
すすき、トンボ、取り残された柿の実が、何ともいえないくらいに歴史探訪情緒を盛り上げてくれました。
自転車で回るうら若き歴女失恋ひとり旅とか(妄想)、亡き妻との思ひ出の地を巡る白髪老人ひとり旅とか(激しく妄想)いずれも健脚でした。
とにかく大河ドラマ人気でしょうね、けっこうな人出でしたよ。

ところで『出る』トンネルですが・・・
googlemapで見てまいりました。
もうひとつ南側の道路ですね?
ああ、よかった。
なにか連れて帰ってきてたらどうしようと思いましたよ。
んで、お昼は『出る』情報のお方のおススメで、市兵衛の味噌煮込みうどんのつもりでしたが、休みだったので、金沢でかねた寿司にしました。
あと梅花亭のラーメン、もみじやののっぺいうどんっていうのも候補にあがってました。

山岡荘八の『徳川家康』は歴史好きにとってはバイブルですね。
あの物語のイメージが根強く残っててどうもいけませんや。
そうそう、職場に木村重成の末裔と言う人がいます。
山岡荘八によると重成はオトコマエだったように思いますが、末裔は・・・やっぱりオトコマエなんですよ(笑)

投稿: れいち | 2010年10月20日 (水) 11時26分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
miyukiさん

不覚ながらわたし、『天地人』を見ておりません。
三成を小栗くんがやったのですか?
そりゃまたオトコマエ三成だったことでしょうなぁ・・惜しいことしたな。

人形劇は大好きでしたわよ。
『八犬伝』など、放送時間に間に合うように家に帰ってましたから。
同じくハマッてた母と、ストーブの上でかき餅なんぞ焼きながら見たものです。
『真田十勇士』はもそっと大きくなってからでしたのでとびとび視聴でした、えぇ?三成が出ていたの?
どうもあちこちでオトコマエに描かれているようですね。
骸骨と復元図を見てきましたが。むむむmmmでした。
ちなみにY-tubeに上げてくれている方があるのでよろしければ見てください。
貴重なVらしいです。

http://www.youtube.com/watch?v=BARIE6tzInM

>バーで生司馬氏をお見かけしました。
ベレー帽に黒縁めがねの紳士はすぐにわかろうものですが、白髪紳士をすぐに司馬氏と気づくとは!
わたし、わからないかも。
同じく大江氏も気がつかない、きっと。
でもバーってところが・・・文豪よねぇ。

政権がお江戸に移るまでのこちらは下剋上の舞台でしたので、まだまだ武将のタマシイが彷徨っているやも知れず・・・『出る』のを覚悟で巡ってみたいと思います。

投稿: れいち | 2010年10月20日 (水) 12時56分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
秀子さん
土地柄でしょうか、こちらでは『三献茶』のエピソードは日本史の先生が必ず披露します。
B男くんの先生は
“お茶を出した三成もえらいが、その心配りに気づいた秀吉もたいしたもんだ”
と続いていたらしいです。

>一杯目から熱いお茶を所望されましただ
あはは・・・happy01
これはのどの渇いている人への出し方でして、お義父さんはあまりのどが渇いてらっさらなかったのね、きっと。

うちの実家の父も『三献茶』のことは何度も言いました。
そして、今でも湧き水を汲みに行って、自分だけそれでお茶を淹れてます。
ゴルフ場その他の開発で今どきの地下水なんぞ信用できひんのに、頑固ものですわい。

しかしながらペットボトルのお茶はおいしいものですのぅ。。。

投稿: れいち | 2010年10月20日 (水) 13時10分

現代ならDNA鑑定で簡単に父親を特定できますものを・・・あーだこーだと詮索するのがやっぱりよろしおすbleah

それにしても、あいかわらずいろんなこと知ってるねんなあ。
秀吉のぞうりの話は知ってますが、三成の「三献茶」は知りませんでした。
ふ~ん、そんなお茶の淹れ方があるんですか・・・ってか、人それぞれやしTPOにもよるやんねえ。
という訳で私の淹れるお茶は「はい、今淹れたお茶はこれ!」式ですsmile

山岡宗八の「織田信長」あるんですね。
「終わらない夏」の次はそれかなぁ
何巻あるんですか?

投稿: bonn | 2010年10月21日 (木) 00時34分

tvれいちさん、えろう懐かしおすなあ、
真田十勇士。
エンディングに流れるんだか
唄があったんですが
あれ、村田英雄先生だったか、三波春夫先生だったか
「われらはさなだ、じゅ~~うゆ~~うしいいい~~~♪」
ここだけ浮かんできますわ。

「天地人」の三成さんは、
可愛くない言動で周囲には嫌われる系でしたが、
ツマブキくんとは結果として友情を育んで
おりました。
来年はのだめがヒロインなんですよね?

bonnさん、山岡せんせいの「織田信長」は
講談社から文庫(山岡荘八歴史文庫)で出ていますね、
全五巻、あの「徳川家康」よりじぇんじぇん短いっす。
私は高校の時ふる~~い、誰も何年も借りていない
図書館クサイ単行本を地道に借りて読みました。
当時たしか山岡先生のを原作に「徳川家康」の若いころのアニメがあってそれを見ていた記憶があるんですが、どなたも覚えていないですよね、たぶん。
ちょっと「一休さん」とおなじ世界でした。
そのアニメの信長がカッコよかったから
・・・つうくらいのきっかけで
読んだンだと思います。

懐かしいなあ、私ももう一度読んでみようかしら。
しかし、目がしょぼしょぼ・・・・coldsweats01

投稿: miyuki | 2010年10月21日 (木) 20時12分

miyukiさん
織田信長は全5巻なんですね。
それなら大丈夫scissors
さっそく我町の町立図書館のホムペで検索してみましたら文庫で揃っておりました。
2セット用意してあるのに予約もなくだ~れも借りていないようす。
予約してある「終わらざる夏」は10人以上待ちだし、先に信長に行こうかな。
大河ドラマが近付けばこちらまで波及してくるかもしれませんしねrun

投稿: bonn | 2010年10月21日 (木) 23時18分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
bonnちゃん
実はねぇ、三成は三条河原で斬首のち晒し首になり、その後、縁のあるお坊様が埋葬なさったそうです。
その遺体が近年掘り起こされて、そのスジの人らにより頭蓋骨から顔が復元されたりしてるんです。
んで、首と胴体をつなぐための芯棒にした小刀も一緒に発掘されたんだってさ、びえ~~~。
というわけで、三成の方のDNAの採取はOK。
しかし、淀君と秀頼は大阪夏の陣で自害とされたものの、遺体が見つからない。
よってDNA鑑定は無理なのです。
しかし、今さら淀君の浮気の相手が誰それだって証拠を突きつけられて暴かれるっていうのも、気の毒なハナシやわね。

本能寺の焼け跡から見つからない信長と一緒で、どこかでひっそりと生きていたのかも知れないっすね。
そうしたら叔父と姪として、この世でこっそり出会っていたかもしれないし・・・。

投稿: れいち | 2010年10月22日 (金) 00時20分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
miyukiさん
あの時間枠って『ひょっこりひょうたん島』からの流れだったんでしょうか。
人形劇でずっと来たんですよね。
『チロリン村とくるみの木』
っていうのもありまして、これは我が家にテレビがやってきたころのものであります。

♪われらはさなだ、じゅ~ゆ~しぃ~♪♪
は、村田英雄さんでした。
残念ながらムラタ版はありませんでしたが、少年合唱団のがありました。
こちらでどうじょ!

http://www.youtube.com/watch?v=6D2EA2Ur0-o&feature=related

いや、しかしまあ・・・
こうして人形劇でやってもらえば歴史もおもしろく学べるってものでして、登場人物がたくさん出てくる中華の三国志などもやってほしいものですなぁ。

投稿: れいち | 2010年10月22日 (金) 00時40分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
bonnちゃん

あのぉ~catface
せっかくmiyukiさんが教えてくださったんですが、bonnちゃん山岡版『織田信長』は読んでいると思いますよ。
そこらへん制覇して最後に『徳川家康』に挑戦したんです、我ら。

山岡版の信長に、わたしは惚れましたから。
司馬りょーは人物をこってりあちらこちらから描きすぎて本筋を離れることたびたび、しかし山岡版はわりとストレートにわかりやすくて好きでした。

もう1回読むのもいいかも。
わたしはbonnちゃんが惚れてやまない『吉村貫一郎』をもう一度読もうかと思っています。
んでまた電車で鼻水垂れて泣くんだわ、きっと。

投稿: れいち | 2010年10月22日 (金) 00時52分

taurus木陰から覗いていたのは僕じゃないよ ふじ です。

三成は、武将としてでは無く、事務方でその手腕を発揮した男。
うちも親父が商売をしていたから、三献茶の話は耳にタコが出来るほど聞いたよ。
彼こそ、まさに近江商人だ  と。
でも、今の自分を見てみると少し人生間違ったかな・・ と考えさせられてしまう。。

先週の日曜日。
偶然だね。その日は僕も長浜に行ってたんやで。
知人が長浜の病院に入院している と聞いたから
そのお見舞いに長浜まで。

れいちさん、次は貴女が、その姿をみせておくれ。
木陰から、こっそり覗かなくても良いからさぁ。

投稿: ふじ | 2010年10月22日 (金) 23時55分

japaneseteajapaneseteajapanesetea
ふじさん
今日び、こちらの誠意や心配りに気がつかないばかりか、迷惑がる方もおられる世の中です。
それならいっそ、関わりあわないでやり過ごそうとしたくなりますね、そしてだんだん人間関係が希薄になって孤独死へまっしぐら・・・despair

あら、同じ日長浜に行ってらしたの?
わたし、あの町はあまりよく知らないんだけど、なんだかだんだん賑やかな町になってきましたね。
駅前の有名な親子丼のお店には、道路の反対側まで行列ができてました。

そうか・・・
やっぱり三成の供養塔の上から覗いてたんはふじさんだったのか・・・。
そのあと、衣装換えして“出る”トンネルで『ばぁ~~~』ってひと仕事?
これからは寒くなるからあったこうして出なはれや。

投稿: れいち | 2010年10月23日 (土) 17時04分

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