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2010年7月 4日 (日)

『龍馬伝』展

友人のBちゃんと京都文化博物館へ、NHK大河ドラマ特別展『龍馬伝』を見に行ってきました。

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はっきりしない空からときどき雨がぱらつく平日でしたが、館内はそこそこ盛況で、人気の展示物の前にはなかなか近づけないほどでした。

こちら龍馬のリアルな写真。Ryoma15

写真は何種類かあって、クセでしょうか、右に傾いているポーズが多いようです。
親しい人には名刺代わりに配っていたそうです。

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龍馬が暗殺された際に帯刀していた陸奥吉行。
わたしとBちゃん、しばし見入る。
龍馬の姉としては乙女が有名ですが、乙女の上に姉がふたりいて、次姉が栄といいました。
彼女は一説には姑とうまくいかずに離縁されるのですが、そのときに夫から形見として贈られたこの吉行を、脱藩する弟に与えたとして婚家から責められ、自害したと言う説があります。

実際は、龍馬が脱藩の際に持ち出した刀は備前忠弘。
姉の栄は龍馬脱藩の17年前に亡くなっています。

なぜこんなことにこだわるかと言うと・・・
実はわたしもBちゃんもただ今、司馬遼太郎著『龍馬がゆく』を読んでいて、その中で脱藩する龍馬に栄が吉行を与える場面は結構な泣き所、続いて婚家から責められて自ら命を絶ったことを龍馬が知るくだりは、かなり胸打つものがあったからなのです。

な~んだ、そうだったのか・・・。
世の中百聞は一見にしかずってうまいこと言うもんだなあ。

さて、会場ではイヤホンガイド(500円なり)を借りましたので、主だった展示物の前では説明を聞くことができます。
この日のガイドはなんと、岩崎弥太郎役の香川照之氏。

Photo_4 
例の調子で

S 龍馬は土佐藩の中では下級の郷士でも、本家が地元で豪商と言われる才谷屋じゃきに、わしらとは生活がまるでちごうちょった・・・

なんて言ってくれるのですが、わたしもBちゃんも

「そげんことはとうの昔に知っちょるきに、もっとつっこんだ話聞かしてくれんといかんぜよ」

と、ほとんど聞いていませんでした。

ちょっとドラマに脱線します。
龍馬役、福山と子役の濱田龍臣くん、この子イメージどおりで、と~ってもかわいい。

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こちら龍馬の妻・楢崎りょう、ドラマのおりょうは気の強さが前面に出すぎるあたりがイメージとちょっと違う。

Photo_3

龍馬伝展、なかなかに興味深いものでした。

ところで・・・

この春、B男くんと自転車京都の龍馬ゆかりの地を回ったことは既報のとおりですが、そのときに
「次は高知へ行こう」
ということになり、ああ、言いだしっぺはB男くんです。
夏に1泊旅行を計画していました。
「桂浜行って皿鉢料理で一杯飲んで、くぅ~、うまいやろなぁ」
と、いかにも楽しみのようなことを言っておきながら・・・

そして6月、わたしは職場に休みを届出る都合もあって
「いつにする?」
「夏は暑いしなあ・・・」
「そしたら秋?」
「う~ん・・・」
なんだよなんだよ、煮え切らないじゃないかっ!
「ええわ、Bちゃんと行くし、気ぃ悪うせんといてや」
とちょっと険悪なムードが漂っていました。

そうしたところの一昨日
「来週の8・9と行くぞ!高知」
「え~~~?」
そんな計画、初めて聞きましたけど?
その日はB男くんの仕事の都合がいいらしく、車の保険の関係もすでに手続きが終っているとか?

しかし、そんな急に言われてもわたしの方はさすがに休みの届けが出しにくいし、9日には昔の同僚と飲み会の約束入ってるし、悪いけど断りました。
って、これってわたしが悪いって恐縮するようなことでしょうか?
ぷんぷん!

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コメント

B男くん、車で行くんですか?
いいなあ。
行くと言えばれいちさんが自動的についてくると
思っているあたりB男なアレンジ?

きっとちょっと(いやかなり)ガッカリしたんではないかと思います。「思う存分好きに語る」相手がいない、とな。

盛り上がってますね、龍馬。
弥太郎が毒まんじゅうを岡田伊蔵に渡してくれと
武市さんに頼まれて半泣きになり
龍馬に愚痴の手紙を送るあたり、
ワタクシ的にも妙に盛り上がりましたわ。

毒まんじゅう捨てた水路にぷか~~とかフナが
浮いてこないかとひそかにわくわくした
私は不届きものです。マニアですんません。

投稿: miyuki | 2010年7月 5日 (月) 13時28分

miyukiさん
きょうは、ってもうすでに昨日だけれど、そちらの方はすごい集中豪雨でタイヘンなことになっていたみたいですね。
“ねずみらんど”へ行った娘、ラッキーなことに梅雨の晴れ間の一日を楽しんで帰ってきました。

さて、うちのまさしくB型ど真ん中のB男くん!
自転車で龍馬ゆかりの地を回るって言ったときも、当然もれなくわたしがついてくるって思っていたようです。
まあ、あのときはほいほい付いていきましたが、1泊ともなると話は別!
ほんま、どうしたらこういう計画が生まれるんでしょう・・・とほほです。

龍馬伝は来週で2部が終って、舞台が長崎へと移るようですね。
なんだか、武市センセイの入獄と以蔵の拷問の場面、長くないですか~?
以蔵には『延命嘆願』でも出てるんでしょうか(笑)
なかなかしぶとく生きていますしね。
『新撰組』で山南敬助さんの出番を増やした臨機応変なNHKです。
舌を噛み切る力も残ってないたけるくんですが、いつまでぶら下げておくんでしょうね。

>フナが浮いてくる・・・
あっはっは
わたしは、まんじゅうあっちこっち持って回って、弥太郎の家では大騒動のモトになったわりにはカタチがきれいって思いましたダ。

武市さんの肖像画は・・・
司馬遼太郎著のとおり、あごが長かったですきに。

投稿: れいち | 2010年7月 6日 (火) 01時10分

男は不器用じゃき ふじ です。

はははっ、また突然理不尽な事言っちゃったんやね、B男さん。
でもこれは、「奥さんは何でも言うこと聞く」
なんて思い上がった気持ちがあった訳やないと思うで。
「高知に行ったら、きっと奥さんも楽しいぞ。」
という想いだけで、まわりが見えなくなった結果
こんな理不尽な事言ったんやと思う。
僕も似たような事しちゃうし、男はみんな・・・
そう、男は不器用じゃき。

ところで、僕も れいちさんに喜んでもらいたくって
美味しいお店を探したよ。
予定も先に組んじゃったけど、どう?
ご馳走するから食事でも行かないかい?
その日は、9日だけど・・・

投稿: ふじ | 2010年7月 7日 (水) 00時39分

龍馬、盛り上がってますねぇ、
そしてれいちさんの記事も歴女としての面目躍如ですなあ・・
・・と思いながら読んでたら、
最後のB男様との一件で、悪いと思いながら思わず吹き出してしまいました。
何を隠そう我が家のダンナもB型男。
そっくりな場面がしばしばあります。
晩ごはんの買い物をして帰ってきたところへ
「おい、ご飯食べに行くぞ!」とか、
お昼寝をしている最中に
「紅葉を見に行くぞ!!」とか・・・

れいち家の場合は計画はB男さまが立ててくださるんだからいいじゃない。
ウチなんかいきなり言いだすだけで、
そのあとどこへ行くかとかのだんどりはワタシがしなきゃいけないんだよ!
ううっ、思い出したら腹が立ってきた、プンプン!!

・・おっとよそ様のブログで取り乱してしまった。。
このさいB男様にはなんとか高知行きの日程を変更していただくのがよいのではないかと・・・

投稿: 湖知流 | 2010年7月 7日 (水) 09時22分

ふじさん
最近では、直径10cmほどのお漬物の鉢に、LサイズのSランラップを50cmほど引っ張り出してかけている姿にも腹立ちます。
指摘するとまたぐちゃぐちゃ言うから黙ってますけど・・・。
(ふじさんも日ごろの習慣見直してみてちょ)

ところでねぇ・・・
知り合いに聞いた話では、この夏の高知は観光客でどこも混雑しているらしい、行くなら夏ははずしたほうがいいと。
あれ?
ちょうどよかったかも。

さて、ただ今9日の飲み会の幹事に連絡とりました。
内容は以下のとおり
 
オトコマエがご馳走してくれる、予約も入れてくれているらしい。

予定では6人だけど、場合によっちゃ数倍になるかも、いっひっひ~

投稿: れいち | 2010年7月 7日 (水) 12時07分

湖知流さん
んもう、ほんまに扱いにくいぜよ。
おまけに逆切れたら沈黙決め込むし!
計画立てるったって、詰めの甘いものに決まってますきに。
うちら、時間が余ったときとか、雨だったときとかの予備のプランも一応考えておきますが。
だいたい、道に迷ったら・・・
「こっちが北やから、こっち向いて行ったらまちがいない、方向はこれで合うてる」
一事が万事こういう状況判断です。

あれ?
今思ったんですけど、龍馬ってけっこうこういう判断の男みたいです。
野望は大きくはっきりしていますが、細かいことは
『なんちゃあないきに』
って気分次第で動く男のようです。

高知行きの日程?
行かへんならそれで御の字ですから、早くその決断をしてくださいって心境です。
ああ、わたしも取り乱してしまったwww

投稿: れいち | 2010年7月 7日 (水) 12時18分

ヘッヘッへ・・・
竜馬人気に続けとばかりに私の勤める和菓子やでは「坂本竜馬 コーヒーカステラ」を売り出しました
そんな安直なという声もありますが、私も最近はお豆腐も竜馬バージョン。先日は「竜馬のゆずアイス」などと、ついついチョイスしちゃいます。

ドラマ、先週見落としてしまいました
一回飛ばしで今週見たら、確かにまだ以蔵が生きててびっくりしました。
3週間も拷問せんでも・・・

オトコマエ君のおごりの飲み会
私そっちに寄せてもらうわ

投稿: bonn | 2010年7月 7日 (水) 13時27分

bonnちゃん
珈琲かすていら、それは龍馬とどう関係あるの?
ハイカラもん好きな人やったみたいやけど、どこかで飲まはったん?
ひょっとして、龍馬が長崎に滞在していたちゅうだけの縁で?
やるなあ、老舗

そうなんやって、吉行のこと。
NHKの大河は史実に忠実でないといかんらしいからこっちがホントだって。

わたしはいよいよの長崎新婚旅行あたりに突入しました。
ただ今ストーリーから大きく脱線して司馬センセ、龍馬が湯治した山奥を訪ねるの巻・・・です。
しか~~~し
ここで次なるオンナ、ドラマでは蒼井優ちゃん登場ですな。

さんざん責められた以蔵も来週で・・・うっう
武市センセも予告で腹切ってましたなあ・・・。
容堂は武市に腹切らせたことを死ぬまで悔やんだとか?
の、わりには大政奉還でええとこ取りやし

新撰組と龍馬のおかげで苦手だった幕末がこんなにおもしろいもんだと気づかせてくれて、ありがとうって感じです

さあ、9日はドレスアップして行こうね

投稿: れいち | 2010年7月 7日 (水) 18時45分

以蔵の以の字を間違えた
不届きもののmiyukiです。
ははは・・・ふじさんの言い分が妙にリアルです。
れいちさんのサ○ンラップ無駄に使っていらいら・・・あっしも怒られそうです。すんません・・・あうあう。

容堂のしわしわっぷりがちょっとショック・・・じゃ
ございません?あのかた、チョコのCMで
松崎しげるの「美しい人生よ~~♪」をバックに
風に吹かれてた時は皆がときめいたもんだったのに。
(でもそのときじつはもうけっこうな年だったんですよね?それにしても今般の大殿さま、
怪しすぎ。笑。あれって、やなやつキャラ?)

誰かに切られた吉田東洋センセイと武市半平太の
お父上(麿赤児さん)って、
昔白塗りでぶいぶい・・・じゃなかった
ちょっと一時代築いた舞踏家ですよね。
麿さんはいっかい舞台を見ましたが
かっちょええ小父さまでした。

・・・で、龍馬伝。
明治になって成功した弥太郎さんが、「おいはアイツがでェきれェだったき・・・」と
新聞記者に語ったことから龍馬というひとが
日の目を見た・・・という話なのでしょうか。
(単純B女)

投稿: miyuki | 2010年7月 7日 (水) 19時45分

miyukiさん
以蔵が伊蔵だって胃臓だってなんちゃあないきに。
あっしの中では
  ♪噛むんとふにゃんにゃん・・・
のたけるでございます。

ところで、麿赤児ってだれ?
って調べてきました。
ああ、この人、大森南朋さんのお父さんなんだ、へえ。
それより麿赤児で“まろあかじ”って読んで大森南朋で“おおもりなお”って読むって、初めて知りました。
実は大森さんの半平太にちょっと萌え

思い出すのは中学校のときのともだちのお弁当。
半月型のはんぺんが入ってて
「このはんぺん、月形はんぺんたって名前なんやで、知ってる?月型半平太」
って聞かれたことを思い出しました。

あのね、容堂のしわしわっぷり・・・
足でピアノを弾いていた柔道一直線のときから、どうでしょう、40年は経ちますからね。
でも実際の容堂は45歳で亡くなっているんですよ。
展示には容堂の写真もあって、なかなかの男前、洒落ものでしたわ。

そうですねぇ・・・
>明治になって成功した弥太郎さんが、「おいはアイツがでェきれェだったき・・・」と・・・
嫌い嫌いも好きのうち?
いやいややっぱり弥太郎は龍馬のことを本気で嫌いだったように思います。
たいした根拠はないけど、ともだちだけどいちいちむかつくやつってことです。

投稿: れいち | 2010年7月 7日 (水) 23時46分

別に羨ましくないき ふじ です。

オトコマエ6人に囲まれての飲み会か。
くそぉ~、僕も綺麗な女性に囲まれて飲んでみたい。

そういや、ここの常連さんも
れいちさん含め女性が6人ぐらいだったっけ?
あぁ、でも・・・
いや、これ以上コメントを続けると
なんだか、敵を増やしそうやから、もうやめておこう。

れいちさん、飲み会はオトコマエに酔ぉて
我を忘れてしまわんようになぁ~。

投稿: ふじ | 2010年7月 8日 (木) 05時03分

れいちさん
「歴女」のみなさま、私には到底入っていけない世界でございます。わが家では、ドラマ「龍馬伝」を比較的真面目に見ているのはB男君だけとなりました。やっぱり自分なりに、本を読んだりゆかりの地を訪ねないことには、1年間盛り上がりきれませんわね。

ところでB男さんの四国行き、ふじさんのおっしゃるとおり、
>「高知に行ったら、きっと奥さんも楽しいぞ。」
という気持ちからと「弁明」してもらって、まあわからないでもありません。うちのB男も「いつも」そうですから

休みの日の夕方、B男君はよくドライブに行きたがります。当然のことながら、だれも行きたがりません。しぶる私を誘い出すのは「○○園芸店に用事ない」。つきあってあげないと機嫌が悪いので、家庭の明るい休日の夜のために、時々つきあってあげますが、もっと余裕をもって計画しろよと内心プンプンでございます。

あと、レンジにかけるのに、ぴっちぴちにラップをかけるのはやめてほしいです ちゃんと「ゆるくかけましょう」って書いてあるのにぃ~

投稿: 秀子 | 2010年7月 8日 (木) 16時04分

ふじさん
明日、ご馳走してくれるって言うたのはふじさんですがな。
たのみまっせ、オトコマエ。
別に贅沢いうわけやないけど・・・
オトコマエで、若くて、会話がおもしろくて、金ばなれがよくて、おばちゃんを大事にしてくれる子、お願いね
あ~あ・・・
正直言って、男子抜きの方がよっぽど盛り上がる最近の飲み会です。

投稿: れいち | 2010年7月 8日 (木) 22時44分

秀子さん
お宅のB男さんもわりと手がかかるのねぇ・・・
休みの日の夕方のドライブ、素敵じゃないですか?
え?
明日はもう平日やのに、そんなぎりぎりまで遊んでられないわ、シャツにアイロンかけなきゃならないし、冷蔵庫もそこそこ満タンにしとかなきゃなんない、ほら、お弁当だっているでしょ?

秀子奥様、こんな感じでしょうか?

うちはドライブの最後にスーパーなどに立ち寄るのですが、理解できないものをかごにぽいぽい入れるんです、B男ったら。
『スルメかみかみダイエット』とやらでけっこうお高いスルメを買ってくれと言ったその足でビールをどっか~~んとお買い上げ~
おいおい、何にもダイエットちゃうやん、ただスルメで飲みたかっただけやん、ってね。

ラップのかけ方ねえ・・・
ぴっちぴちにかけると、中身がぺったんこになりますわなぁ。
うちは、使った後、ラップのはしっこが箱の中に巻き込まれてたりする、いったいどんな引っ張り出し方してるん?
ラップについてはうちもオタクもB型くん、更なる教育が必要ですね。

わたしがあれこれ言うと、うるさがりますので
「あしたわたしが死んだらどうするのさ?」
って言ってやります。
「そのときはなんとかなる、もごもご。。。」
これ以上言った奥様逆上の場面を見る羽目になりますので、さすがにもごもごで止めているようです。
あはは~

投稿: れいち | 2010年7月 8日 (木) 23時03分

そうそう、ハイカラ竜馬さんですから、ぜったいコーヒー飲んだやろう、という決め付けです

ところで、明治時代の伯爵や公爵の方達は幕末時に大名や大老だった方達と思ってたんだけど、明治維新を成し遂げた志士達のようで、それは大半が下級武士だよね。
じゃあ、幕末に大名だったり老中だったりの人たちのその後はどうなったの?

投稿: bonn | 2010年7月 8日 (木) 23時04分

bonnちゃん
はっは~~ん、飲んだかもしれないねぇ。
かすていらも食べたにちげえねえ。
ちゃんちゃんばらばらの時代に革靴はいてピストル持っていたんだから、珈琲くらい飲んだでしょう。
乙女ねえやんにも
『西洋の珈琲と申す豆の茶、うまかりしものなり、エヘンエヘン』
な~んてお手紙書いたかもしれないっすね。

さて、幕末の志士の中でも階級の低い者たちが明治になってから政府に登用されたことはわたしも意外に思いました。
しかも、伯爵、公爵、男爵とか盛んに書いてくれてるしね司馬遼せんせ。
大名や老中はどうなったんかいのぅ?
廃藩置県で知事になったとか?
こちらこそ教えてくれんカニや?

投稿: れいち | 2010年7月10日 (土) 00時31分

れいちさん、ぜひ、高知へは来月「よさこい」がありますんで、来られるならその頃にぜひ・・・
有力な力を持った大名達は、それなりに華族として爵位を貰ったりしたのでしょうが、没落していった一族達もいたでしょうね~。
ちなみに、弥太郎さんが築いた三菱の紋「スリーダイヤ」は、岩崎家の家紋と山内家の三つ葉柏を合わせて出来たものです。何か弥太郎の山内家に対する何か拘りがありそうですね。
龍馬が泳いだ鏡川で、彼の実家あたりは遊泳できませんが、少し上流では水が綺麗ですので、ぜひ。

投稿: ゴン太 | 2010年7月17日 (土) 21時41分

ゴン太さん
お暑うございます。
高知の情報いろいろありがとうございます。
最近では龍馬伝ともだちや、夫婦の会話でも合言葉は「○○じゃきに」・・・
すっかりハマっております。
わたしの北海道行きで頓挫したままの高知行き、さてまたぞろ静かなバトルが再会しそうです。

>有力な力を持った大名達・・・
明治もずいぶん経ったころ、某大名は
「わしはいつ将軍になるのだ?」
と側近に聞いたそうです。
ずれてますねぇ、こういう考えが明治維新を遅らせ、諸外国に引けをとる結果になったのですねぇ。

ところで、今夏の高知城下はとっても混みあっているそうな、盛況でよろしいことですね。
ぜひ行ってみたいです。

投稿: れいち | 2010年7月19日 (月) 03時58分

れいちさん、くれぐれも「〇〇じゃきに」とこっちでまんま使わないように^^;日常的に使われてませんので、返って変な目線で見られます。
あの大河ドラマの土佐言葉はやっぱりこっちで、イケて無いがじゃ
もし使うなら「~やき」「~やきね」くらいで、頼むきね。最近、「~ぜよ」と言うのは観光客のおんちゃん(おじさんの事)くらいなので、あっ、他所の人やって解ります。昨日は、街に県外ナンバーの車がやたら多かったです。やっぱり、連休だからなんですねぇ~。
「龍馬伝」昨夜から長崎編に入りましたが、福山さんは何か土佐編より楽しそうで。まあ、当たり前か。長崎出身やき。結構、ゴン太気に入っていた武市センセが先週切腹されたので、正直楽しみ半減です。
彼のモヤモヤぶりが何か返ってぬるま湯みたいで良かったのですが。
昔、武市先生と社会の先生が言ってたのを聞いて、どっかの学校の先生で、社会の先生の友達なのか?とくらいにしか思っていなかったゴン太です
で、中学になってからは「あのさ、半平太がねぇ~」ってまるで後輩か何かのような扱いだった武市半平太センセ。彼が、龍馬ほどスターになれなかったのは、県下にある彼の最初の銅像がすごく顔がデカく、馬面だったのに違いないと今も信じて疑わないゴン太です。あまりに不評なので作り直したのは有名。
実は、桂浜の龍馬の像は一度塗り替えられ、とっても不評で再度塗りなおされたんですにゃ、昔。

投稿: ゴン太 | 2010年7月19日 (月) 09時18分

ゴン太さん
ほっほぅ~。
またまた地元しか知りえぬネタ、武市センセの銅像が作り変えられた?
へえ・・・
肖像画ではやはり『あぎ(あご)』と言われたとのとおりあごが長かったであります。
実際にはなかなかのオトコマエだったとか?
その上、奥さんを大事にして、最後までお富さんひとすじだったって、く~~~~っ、泣かせるやん。

わたしも武市センセが切腹されたので、ちょっと気が抜けました。
代わるように登場した高杉晋作の伊勢谷友介、ふふふ、あまりにも現存する高杉の面影に忠実なんで感心しました。
千葉さな子が鍼灸師になったっちゅうのは真実らしいですが、そこに弥太郎がいるのもねぇ・・・ほほほ。

さて、いつになるか高知行き、しかし、必ず必ず行きますきね。(これでええですかいの?)

投稿: れいち | 2010年7月19日 (月) 15時19分

>必ず必ず行きますきね。(これでええですかいの?)

そうそう、それでええきね^^
あっ、それとお土産にはぜひ福山版龍馬の小さなフィギアのついたストラップがオススメです。高知駅のお土産屋さん他で好評?販売中。ゴン太、知人に買って配りまわっています。
龍馬も良いけんど、歴女方に人気のモトチカ君もよろしく。長宗部元親さんの城跡の山が仕事場から見えますが、最近歴女とおぼしき女子が一人でテクテクと散策されてる姿が多くなりました。
やっはり戦国もののゲームの影響が大きいでしょうが。歴史家のあの人に言わせるとモトチカくんは、ダメ武将っぽく言われております。で、実は四国を完全に統一してないような証拠も近頃見つかったようですが・・・。子供の頃は「姫若様」と言われるほど色白の美少年?だったとも言われて。ちなみに、去年仕事場に来たお客さんに16代目かなんかのモトチカ君の子孫の高校生がやって来ましたけど、あまり子孫と言う意識は無かったみたいです。天下分け目の決戦の時、もしも徳川側が西軍に従った武将とその家来を根絶やしにしていたら・・・と考えると、もしかしたらこの高校生もこの世にいなかったかもしれないし、龍馬たちが苦しんだ「下士」「上士」と言う階級で土佐のサムライたちの差別も無かったかもしれないと思うとちと、複雑な心境になりました。

投稿: ゴン太 | 2010年7月20日 (火) 08時25分

歴史家のあの人・・・すみません、「ある人」です。ゴン太も好きな加来耕三さんです。結構、この方の辛口コメントと言うか好きなんです、ゴン太。

投稿: ゴン太 | 2010年7月20日 (火) 08時28分

あっ、度々訂正です。モトチカ君の子孫の高校生・・・お爺さんが16代目なんだそうです。

投稿: ゴン太 | 2010年7月20日 (火) 08時32分

ゴン太さん
またまた、レクチュアありがとうございます。

歴史といえば、教科書にでてくる華々しい時代と武将が注目されがちですが、それ以外にも心打つ生き方をした武将がたくさんいると思います。
NHKでもときどき『だれ?それ』っていうような人を取り上げますが(暗に直江を指しているのがみえみえ?)そこからまた意外な歴史を知るのもおもしろいでしょうね。

四国の歴史に関してはよく知りません。
長宗我部氏に関しても教科書程度の知識です。
龍馬の時代の階級支配は今回はじめて知ったような次第です。
龍馬の育った階級社会こそが、彼を動かすエネルギーになったのですね。

高知駅のおみやげ物屋さんで福山つきストラップね、りょうかい

そうそう。
来年の大河は信長の妹のお市の方の三人娘のうちのおごう(江、江与などともいう)さんです。
地元ではさっそくあちこちのイベントでかぶりものが登場して、こちら地元はそろそろ盛り上がっています。
また、ごうちゃんもよろしくね。

投稿: れいち | 2010年7月20日 (火) 22時09分

長宗我部(我が抜けてましたf^_^;)氏の前は昔の大河ドラマ花の乱で登場した細川氏が支配していたようなのですが、当時の四国は未開の土地だったようで、流刑地の要素が強い地域だったみたいです。都の人から見たら、謎だらけの土地だったでしょうね。

投稿: ゴン太 | 2010年7月21日 (水) 17時53分

すみません、連投です。
えーと、宣伝ですが・・・れいちさん、今月31日から来月31日まで、「高知歴史民族資料館」にて、「龍馬伝特別展」が開催されます。お時間が有りましたらどうぞ。龍馬にゆかりの手紙や、小道具、その他もろもろ、武市センセ関連も展示されるようですよ。私も時間が有れば行きたいなぁ~。
(歴民館は、近くに高知大学医学部付属病院がありますので、それを目安に。高速でおいででしたら、高知自動車道南国インターより降りて、突き当りの信号を右手に曲がって国道32号を走って行くと、右手の小高い山手に建物が見えます。インターを降りると近くに「道の駅」がありますので、そこなら教えてもらえます)この歴民館は、モトチカ君のお城が有ったお山の上に建っていま~す。

投稿: ゴン太 | 2010年7月21日 (水) 22時54分

ゴン太さん
またまたお知らせありがとう。
HPを見てきました。
って、高知歴史民族博物館の特別展は、わたしが見た京都の『龍馬伝展』と同じです。
弥太郎がガイドしていると思いますよ。

では、こちらからもひと言“つぼ”をば。
大久保利通(ドラマではもう出てきたかな?)の写真が展示されてますが、どう見ても西洋人の血が混じっているように見えるのはわたしだけか・・・?

この企画の展示物はどれも見ごたえあります。
龍馬が命を落とした部屋がそっくり再現されてます、ちょっと足が止まりました。
ぜひ、ご覧になってください。

投稿: れいち | 2010年7月21日 (水) 23時45分

龍馬伝特別展、関東でもやってください~~~じぇひ。

大久保利通、西洋人ぽい・・・つながりじゃないんですが、
今日やってた歴史秘話ヒストリア、
グラバー邸のグラバーさんの息子
「倉場富三郎」さんのお話を
興味深く見ましたが、(昭和20年まで御存命だったんですね。)
富一郎とか富太郎とかでなく、
なんで富三郎だったんだろう・・・一人息子さんのようなのに、とどうでもいいようなことに
突っ込みたいB女のmiyukiなのでした。たはは・・・

投稿: miyuki | 2010年7月22日 (木) 00時27分

miyukiさん
東京ではNHK関係のホールで展示していたみたいですけど、終っちまいましたね。
京都も先週で終ったし、残すは高知のみやき。
残念です。

それより・・・
霊山歴史館ったら、春に『龍馬展』を見たのに、ただ今『龍馬展Ⅱ』を開催中で、どうやら『Ⅲ』もあるらしいとか・・・。
おいおい、どんだけ引っ張ってくれますねん。

あ、グラバーさんの息子の番組、予告編見てぜひとも見たいと思っていたのに、昨日だったんですか。
しまったしまった島倉千代子・・・
西洋風のお顔で着物を着ていましたっけ。
なんだか悲劇の生涯だったとか?
再放送にかけようっと。

長男なのにとみさぶろう、ふふふ。
わたしの父の兄弟は“良一”“喜一”などときて、ここで急に方針変更して“三郎”となります。
良一、喜一、どっちが長男やね~ん!?

投稿: れいち | 2010年7月22日 (木) 01時55分

でしょー、れいちさん。でもね、実は地元なりに他では見られない展示もあるようなんですよ。
二番煎じだけじゃ、東京や関西から一度見た客が入るわきゃ、ないじゃないですか^^
彼が船中八朔をまとめた船のセットもあるみたいです。これは、地元で流れている宣伝で言ってました。
それと、ぜひモトチカ君のお膝元に・・・
まあお気持ちが揺れなければ、やっぱり地元の「坂本龍馬記念館」をオススメします。桂浜の近くですので。

投稿: ゴン太 | 2010年7月22日 (木) 21時19分

最初の書き込みでちょっと言葉が足りずにすみませんでした。全く同じ内容なら、見に行かれたレポートに重ねて宣伝なんて、ゴン太、まっことバカですやん^^;

投稿: ゴン太 | 2010年7月22日 (木) 21時26分

ゴン太さん
お膝元に関する熱~い思いがひしひしっ
まっこと行けたらいいんですけど。

職場の同僚が青春18切符で安芸の宮島まで日帰りしました。
すごいでしょう?
特急使わずに、ですよ。
広島まで行けるんなら高知もす~いすいと行けそう。
なんだか電車の旅もおもしろそうに思えてきました。

>実は地元なりに他では見られない展示もあるようなんですよ。
そりゃそうですわなぁ。
船のセットとは、それまた大掛かりな。
ひょっとしたら京都では近江屋のセット、高知では船のセットなのかもしれませんね。
だとしたら東京ではどんなセットだったんでしょう?
千葉道場とか?

とりあえず、函館でも龍馬記念館へ行ってきたんですよ。
次の記事でちらっと触れていますので、よろしければ読んでやってくだせえ。

投稿: れいち | 2010年7月22日 (木) 21時52分

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