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2009年10月30日 (金)

『沈まぬ太陽』

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過去数々の話題作を発表してきた山﨑豊子原作の『沈まぬ太陽』を見てきました。

昭和30年代。巨大企業、国民航空社員・恩地は労働組合員長として職場の環境改善に取り組んだ結果、会社から海外赴任辞令を受ける。パキスタン、イラン、ケニアへ・・・。会社は帰国をちらつかせ、彼に組合からの脱退を迫る一方で、露骨に組合の分断を図っていた。ともに闘った友の裏切り、家族との長年にわたる離れ離れの生活。孤独と焦燥感が恩地を次第に追い詰めていく。恩地の左遷は10年にも及んだ。
本社への復帰直後、逆境の中、悲劇は起きた。ジャンボ機墜落事後の発生。遺族係を命ぜられた恩地は、前代未聞の悲劇に直面し苦悩する。この墜落事故は、起こるべくして起きたものだったのか?

原作は『アフリカ篇』『御巣鷹山篇』『会長室篇』の三部作からなる、1995年から99年にかけて週刊新潮に連載されたフィクション、しかしモデルとなった航空会社は当時機内から新潮を排除するなど、物議をかもした作品です。

映画は三部作をひとつにまとめた3時間22分の上映で、スケールの大きさ、テーマの難しさ、その上、我らの年代にはまだまだ記憶に新しい墜落事故の悲惨さと遺族の慟哭とが相まって、何から感想を書けばいいのかわかりませんが・・・

恩地が受ける報復人事の描き方はかなりえげつなく、重役にまともな人はいないのか、恩地のライバル行天(三浦友和)とCA美樹(松雪泰子)のキスシーンは必要か?・・・など興ざめしそうな場面は少々ありましたが、恩地役の渡辺謙さんの目がよかったです。怒り、哀しみ、慈しみ・・・そのときどきの感情が目から全身に広がっていくようで、今や日本を代表する俳優として海外の作品でも活躍するだけあって渾身の演技でした。                                 また重役、官僚など実在の人物を彷彿とさせられる名前の脇役たちを大物が演じており、ストーリーに信憑性と重みが感じられました。ただ、やはり三部作をひとつにまとめた“はしょり感”は否めず、できればドラマでじっくり見てみたい作品ではあります。

山﨑豊子の作品には日なたをぐんぐん駆け上る人物と、陰の人生を歩む人物の両方を対比させて描かれることが多く、カネと権力にしがみついて破滅の道を歩むものと、貧しくも清廉な人生を送るもの(こちらはたいがい家族が犠牲)・・・終ってみるとどちらが陽でどちらが陰なのか、よくわからないわたしです。

日本の高度成長期には、おそらくどこの企業でも盛んだった労使交渉。わたしが電車通学しているときにはストで休校という嬉しい事態が、長いときで1週間も続いたことがありました。しかし航空会社の場合の“労”側の不満は即、機体の安全性に跳ね返ってくるということを当時のわたしは知り得ませんでした。

フィクションとはいえ、現在経営再建中の航空会社を容易に連想させる設定で、最近飛行機をよく利用する我が家にとっては、公的資金を投入するか否か云々より、安全性を第一に考慮した再建策を強く望みます。

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2009年10月26日 (月)

お土産たくさん遠足

安土城跡への遠足でウォーミングアップしたわたしたち夫婦は、そのあと新聞で募集していた・・・                                                  『甲賀武士ゆかりの城跡と白洲正子“隠れ里”の舞台を巡る』という歴史ウォーキングに参加し歩いてきました~っ、12Km。

甲賀は甲賀流忍者の発祥の地ですから、集合駅の窓ガラスやマンホール、飛び出し坊やも忍者です。

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中世、甲賀市一帯には200超えの城があって、それは現存する大阪城や姫路城などとは違う、もっと規模の小さい土塁で囲まれた居館だったそうで、城跡はいたるところにありました。

織田信長にキリスト教を紹介したとされるこの地出身の武将、和田惟政のお墓

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安土桃山時代の建築様式が美しい油日神社

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この地には強大な武士勢力はなく、『甲賀郡中惣』という並列的、民主的な組織の武士たちが共存していたそうです。彼らが寄進した本殿は桧皮葺の重要文化財。“油の神さま”を祀っているので油に関係する企業からの寄進も油です。

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学芸員の講話を熱心に聴く参加者rさん。

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境内の歴史民族資料館には、白洲次郎の妻であり随筆家だった白洲正子が心奪われたという『福太夫面』が展示されています。

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               市教委HPから       

リンゴ園を横目に見て歩きます。

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織田信長の天下統一に貢献した四天王のひとり、滝川一益の居城跡に咲くりんどう

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33年に一度しか開帳されない国宝十一面観音像も拝ませていただいた櫟野寺

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               市教委HPから       

さて、この日の最後は無農薬栽培の大根と柿の収穫体験があり、最後にお土産として新米がひとり1升いただけました。わたしたちは初めての参加でしたのでずっと同じペースで後ろの方を歩いていましたが、ここに来て急にみなさんの歩くペースが早くなったなあ、と思っていましたら・・・

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大根抜きは先着順だったんですねぇ。        

手の届くところの柿は先着隊に取り尽くされ、高いところを恨めしそうに眺める参加者、実は柿の木の後ろの土手が見学対象の城跡なのですが・・・。

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この日の収穫物、お米は10日分はあります、ありがたい。

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観音さまの拝観料と資料館の入館料+保険で合計800円しか払ってないのに、これだけいただけるとはかなりのお得感がありました。またこういう催しを探して参加しよう、そして終盤はハイペースで歩こうと肝に銘じたわたしたちでした。

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2009年10月22日 (木)

カリフォルニアドリーミング

うーじんはカリフォルニア州のサンフランシスコの隣、バークレーと言う町に住んでいます。ここはカリフォルニア大学の本校(cal)があり、うーじんの寮にも留学生の他、calの学生がたくさん寄宿しているそうです。

『calでのパートナーはエイミーとエイジュリアで、とても素敵な人たちです。一緒にカフェに行ったり晩ご飯を食べに行ったりしています』                          『次の休みにはサンフランシスコへ遊びに行きます』                          『日本語を学ぶ人たちが寮へ遊びに来て、ゲームをしたりピアノを弾いたりしました』

最初のメールには、アメリカでの暮らしがいかに楽しいかが脈絡のない文章で興奮気味に綴ってありました。                                             しばらくすると・・・

『ドイツ人とノルウェー人はバリかっこええです』                         『寮での一番の仲良しはCリスとクリッサです、特にCリスはと~っても優しくてうーじんの宿題の英文を添削してくれたり壊れたプリンターを直してくれたりします』                              『Cリスにはお箸、クリッサには和風のヘアピンをあげたらとても喜んでずっと使ってくれています』

ほほう、100均で大量に買い込んでいった和風の小物が活躍しているようです。                                             やがて・・・

『会話はだいたい通じるけど、語彙力が足りないと痛感しています』

そうそう、留学の目的を忘れてはいけませんね。                         ところで写真の添付の方法を知らないのか、メールはいつも文章だけです。

『うーじんが日本へ帰ったらCリスが日本へ遊びに行きたいと言ってます』

はいはい、どうぞいらしてください。うーじんがお世話になったお礼に歓待しますよ。

『言うとくけど、Cリスは身長が2mあるからね』 

え~?クリスって男の子?“ベッツィ&Cリス”って女性だったじゃないの?

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そ・そう、そうなのか。やっと添付されていた写真には2mの男の子が写っておりました。                                        ・・・ってことで、そこに恋のきざしがないかと、改めてうーじんからのメールを読み返してみるわたしでした。

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2009年10月18日 (日)

『火天の城』見て安土城へ

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1576年。織田信長は、その天下統一事業を象徴するかのごとき居城を、琵琶湖を臨む安土の地に建築することを決意する。設計及び現場の総棟梁に、数十年に渡って才気を評価してきた熱田の宮大工・岡部又右衛門が任命された。
「三年で建てろ!」
信長から直々の厳命を受けた又右衛門は、妻や娘、門下の大工たちに支えられながら徐々に築城を進めていく。巨大な城を支えるための主柱(大通し柱)には、これまでにない檜の巨木が必要だと判断した又右衛門は、理想の材木を求め敵方・武田領土、木曽上松へと分け入っていくのだった。

映画『火天の城』は、城の建築、中心となるのは宮大工という地味な素材ながら信長と又右衛門の絡み、様々な困難、家族との葛藤・・・などを描き、地元びいきも手伝ってなかなかおもしろく見終えました。

『探偵ナイトスクープ』9月11日の顧問は滋賀県知事、映画の宣伝に一役買うというチカラの入れようです。

そこで、安土城です。                                         滋賀県のほぼ中間、琵琶湖の東岸に張り出す安土山の山頂にその城はありました。                                                           当時の建築様式とはかけ離れた八角形の伽藍とその上に配置された大きな天守閣は、その後の日本の築城に強い影響を与えたとされます。現在は琵琶湖の埋め立て工事で安土山は湖岸に接してはいませんが、当時ここは上杉謙信への警戒のためと琵琶湖を船で渡り上洛するための地として重要かつ最適な土地だったのです。

わたくし、安土山へは過去に何度か登っていますが、改めて又右衛門の視線で眺めながら登りました。

びえ~っ、この石段、きつい・・・。

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大手道を登り始めるとすぐ右手に前田利家邸跡、左手に羽柴秀吉邸跡、う~ん秀吉の邸の方がちょっと大きいかも、でも日当たりは利家の邸の方がよさ気であります。

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森蘭丸邸跡、信長の甥である織田信澄と隣り合わせです、ちなみに信澄の妻は明智光秀の娘。

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蘭丸は、ドラマや映画では眉目秀麗な少年として信長の寵愛を受けた小姓とのイメージが定着していますが、蘭丸の父親が若くして戦死したため、信長が父親代わりとなり可愛がっていたとの説もあるそうです。

信長廟、二の丸、本丸跡などを経て石段を登ること30分ほどで、やっと山頂の天守閣跡に辿り着きました。                                           案外狭いです。ここに大きな天守閣が建っていたのです。

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鬨(とき)の声をあげるれいち、歴史好き。

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お天気がいいので琵琶湖がよく見えました。

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築城からわずか3年後、信長は家臣明智光秀の謀反により本能寺で自刀して果てます。そのすぐ後、安土城も火災のため焼失して現在に至っています。信長の自由奔放な生き方を象徴するかのような城は、かくもドラマチックに消えてなくなったのです。

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本能寺の変に関しては・・・                                      光秀の単独犯行説には異論が多く、備後へ追放された足利義昭による怨恨説、朝廷黒幕説、秀吉説、家康説・・・など、どれも興味深いものがあります。また信長自身の遺体が見つかっていないことから信長生存説もあるそうで、とってもわくわくする時代です。

紅葉には少し早い、湖国の秋の一日でした。

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2009年10月14日 (水)

傘寿旅行

長寿のお祝いとして喜寿・米寿は一般的ですが、傘寿となるとあまり聞きなれず、それは傘(かさ)の略字『』が八十と読めるところから、数え年80歳のことだそうです。

実家の兄夫婦が『来月夫婦揃って80歳の誕生日を迎える実家の両親のお祝いを、親族で旅行を兼ねて行う』と提案、わたしたち夫婦も呼ばれて総勢10人で知多半島一泊二日の旅行に行ってきました。

お天気もよく、高速道路はやや渋滞していたものの途中なばなの里やIANX世界のタイル博物館などに立ち寄って、南知多の旅館には少々早めに着きました。

姪のダンナさんが釣竿を持ってきていて、旅館の目の前の海で魚釣り。小さいけど魚が釣れて大はしゃぎの母、以下モザイクばかりですみません。

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さて、お風呂も済ませてメインの宴会。

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孫たちからプレゼントをもらってうるうるの両親。

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自分の都合のいいようにころころルールを変える兄は追い出されたカードゲーム。

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そうそう!れいちの行くところごちそうあり。

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ふぐは身より皮の方がおいしいですな。

さて・・・

宴会では父と母から挨拶があり、父の                                「今まで大過なく過ごせたなかなか楽しい人生でした。今後はみんなに迷惑をかけないよう健康に気をつけて趣味を楽しみながらのんびり生きていきます」                                                    の言葉に母はうんうんと頷きながら目頭を押さえており、自分の挨拶は                                                                      「みなさんに感謝・・・」                                         との言葉が聞き取れただけであとは言葉になりませんでした。

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父の言葉の中、“みんなに迷惑をかけないように・・・”には普段強気の父らしくなくてちょっと胸が痛みました。両親には長生きして欲しいと思いますが、何とぞ健康で長生きをお願いしたい秋の一日でした。

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2009年10月 8日 (木)

スムーズすぎるわたしたち

ご飯は一日2合、魚中心の献立はサンマがアジやホッケに変わるくらい。

洗濯ものはハンガーに数枚とタコ足にパンツが2枚、靴下がちょろん。

ゴミ袋はなかなかいっぱいにならないけど、匂いが気になるから週一回出す程度。

先月から自営になって、朝はわたしより早く起き新聞を読んでいるB男くんは、わたしが出勤してから仕事にとりかかり、わたしが帰ってくるとすでに家にいて「おかえり~!」と言います。

「何が食べたい?」                                          「あっさりしたもん」                                          「湯豆腐とサバの塩焼きでいい?」                                    「湯豆腐だけでいいわ」

あまり会話のない食事はさっさと終わり、ふたりでお皿を洗ってお風呂に入ったらそのあとはお互いの自由時間。

なんだかスムーズすぎて落ち着かない日々です。

このスムーズな生活を表す画像がありませんので、片付いたうーじんの部屋を紹介します。

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こちらアメリカの寮の部屋、ずいぶん狭いようです。

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2009年10月 4日 (日)

スムーズなわたしたち

先日の夕方、あねから電話があり                                「今、テレビで函館朝市を紹介してるから見てみて~!」                      と言うので慌ててテレビをつけたら、フジテレビ系『もしもツアーズ』という番組で日本の三大市場を紹介していて、ちょうど函館朝市でゲストがおいしいものの食べ歩きをしているところでした。                                                                おなじみ海鮮ものに続いて、生で食べられるとうもろこし“サニーショコラ”なるものが登場、ゲストの皆さんひと口食べては「あま~い」「おいしい」「こんなの初めて」「フルーツみたい」etc・・・                                              ひょ~~~ぉ、そそられるじゃないですか!?

「あね、送ってちょうだい~!」

・・・ってことで先日届きました、サニーショコラ。

契約農家からの直送便ですので採りたてらしく、ヒゲがまだ青々しくて新鮮さがありあり。見た目は普通のとうもろこし、皮をむいてみても粒の色は淡い黄色で別段変わったところはありません。

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同封されていたチラシにも『ぜひ生で食べてください』とあります。とうもろこしを生で食べるってどんな感じなんでしょう、そぉ~っとかぶりついてみたら・・・

ひゃ~~~っ!!

水分がたっぷりでシャキッとみずみずしい口当たり、甘さは野菜のものとは思えません。ジューシーでスゥイーティーでフルーティーで・・・これはもう果物です。テレビではちょっと大げさに言ってるんちゃうん?って思っていましたが、なんのなんのまさにサニーです、ショコラです、美味です。ちなみに1本だけ茹でてみましたら、これがまたしゃっきしゃきで甘さ倍増。いやあ・・・長生きはするもんですな、これでまた3日は寿命が延びました、ごちになりやした。          

ところで、あねは座布団を持って行きましたがカバーがかかってなくて、法事の際に仏間に並べるようなままで使っているようですので、部屋の感じに合わせて茶色の水玉模様で座布団カバーを、また余った布でティッシュカバーも作って送ってあげました。ああ、なんてスムーズにコトが運ぶわたしたち。

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2009年10月 1日 (木)

すったもんだの出発

昨日の夜になってもこんな状態でした。

        Aaa       

途中かかってきた電話で長いこと話したり、ふらっといなくなったり、TSUTAYAでCDを借りてきたり・・・。                                               航空会社の受託荷物は2個まで、1個が23kg以内という規定ですが、かなりの重量オーバーとなりここからの取捨選択に時間のかかることったら。  

うーじんの留学準備はすったもんだの末、ようやく荷造りを終えたのが日付も変わった出発当日でした。やっと布団に入れると思った深夜0時半、中学校時代のともだちがやってきて、1時間ほど表で話し込んでいました。

当然、荷物を詰めたあとの各部屋は散乱していて、あれだけ言ったのに自分の部屋の片付けもできてません。いらいらして血圧が上がりますからわたしは先に寝ました。朝にはなんとなく片付いていたから、わたしが寝てからやったのでしょう。

ああ、なんでもっと計画的にできないのか、そばで見ているわたしは熱が出そうでした。

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やっと!やっと!!本日夕方、関空からの直行便でカリフォルニアへ出発しました。今、わたしは、とんでもない忘れ物が出てくるんじゃないかと冷や冷やしています。

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