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2009年8月28日 (金)

宿場町、遠足する

その昔、東海道五十三次を京都から数えて2番目の宿場が滋賀県の草津でした。

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京都からお江戸まで行くルートは東海道と中山道があり、それはこの草津の地で別れました。

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太平洋側を通る街道を東海道(現在の国道1号線)と言い、海沿いの平坦な道でしたが何箇所も幅の広い川を渡らなくてはならず、足止めが多い難儀な道だったそうで『男道』と呼ばれました。                                             それに対し、琵琶湖の右岸を通り岐阜から木曾の山の中を通る道を中山道と言い、六十九次ありました。こちらは峠越えのある険しい道でしたが、東海道の五十三次に対し六十九もの宿場があるところから歩きやすい道とのことで『女道』と呼ばれたそうです。皇女和宮が降嫁する際も中山道を使ったあれこれは『和宮様御留』(有吉佐和子著)で興味深く描いてました。

昨日友人Bちゃんと中山道六十一番目(お江戸から数えて)の宿場町、醒ヶ井(さめがい)へ遠足に行ってきました。折りしも梅花藻(ばいかも)が見ごろとのことで団体さんもたくさん見えていました。梅花藻とは川の中の藻に咲くキンポウゲ科の花で、読んで字の如し梅の花のような水生植物です。

街道の中心を流れる川べりに咲くサルスベリ

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白い梅花藻の上に落ちた赤いサルスベリの花

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いにしえの旅人もこの光景を見て癒されたのでしょうか、それにしても川越えよりも峠越えを選ぶ女たちって、健脚だったのですねぇ・・・。  

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2009年8月24日 (月)

残暑お見舞い -2009-

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         めだかちゃんの鉢に咲いたホテイアオイの花

昨日は処暑でした。

処暑とは・・・24節気のひとつで“暑さが峠を越えて後退し始めるころ”だそうです。

うーじんはこの夏、水着を買いました。炭水化物をひかえて、毎晩2kmほど走っています。人家の途絶えるところや若者がたむろしている公園もあるので、わたしが車で伴走しています。ここ2~3日、夜に外へ出ると肌寒さを感じると思ったら処暑とのこと、故事ことわざと並んで天文に関する先人の知恵には感服です。

うーじんは雨の日も風の日も走り、3kgほど体重が減りました。わたしの3kgと違ってはっきりわかるほどにスリムになりました。そしてこのジーンズが穿けるようになったそうです。

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ただ今、明日に向けて鏡の前で水着の試着中です。

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2009年8月21日 (金)

採点付きカラオケの夜

レディース5人組で暑気払いのカラオケに行きました。

この日は採点付きにしましたのでみんな真剣に歌いました。韓国語の曲がちょこちょこ出てきます、うちらのカラオケ。

まず・・・

イタリア帰りのわたくしの『帰れソレントへ』で、はじまりはじまりぃ~karaoke ラ行で思い切り舌を巻いて“ソルルェントゥオ~”って歌い、いただきました笑いと拍手!

ドラマ『ごめん愛してる』から“눈의꽃(雪の華)”を。                       え~っ?過去15人も歌っていてわたし92点もとっているのに9位?みんなどんだけ上手なのさ?

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オリジナル“눈의꽃(雪の華)”パク・ヒョシンは・・・こちら                     ただし本当のオリジナルは中島美嘉です。                             ドラマ主役のソ・ジゾプが歌う““눈의꽃(雪の華)””は・・・こちら

では、こんな歌はだれも歌わないだろうと挑戦した、ドラマ『秘密』の挿入歌“あなただけの愛”を。                                                  え~?歌っている人いるじゃない、しかも1位の人90点、わたし88点で2位、ふたり中2位って・・・。

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オリジナルの“あなただけの愛”シン・スンフンは・・・こちら

青山テルマも出ますが、園まり、中尾ミエも大いにウケる楽しい夜でした。

わたしはまたリベンジしようと思っていましたが、意外とその機会は早くにやってきて、先日のあねの帰省中、お父さんの退職祝いの外食をしたあとカラオケに行きました。

しょっぱなはこの方の、例によってダンス付き熱い歌。                     「ハナシには聞いてたけど、すごいな」とあね驚く。

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さてわたくし、まずは夫婦のイタリア帰りを記念して『サンタルチア』を、またまたラ行で思い切り舌を巻いて歌いました。                                   「はいはい、けっこうでした」と拍手ぱらぱら。

続いてリベンジモードです。

よ~し、まずはドラマ『ファン・ジニ』から“貴方を想い”を。                    9人歌っているのか・・・なんとしてもベスト3に入りたい、と意気込んで6位、全然だめじゃん。 

オリジナルの“貴方を想い”チェ・ヘジンは・・・こちら       

では、こないだのリベンジ“눈의꽃(雪の華)”を。                         やった~!91.118点で2位だ、1位の人が91.676点だからあとちょっとだ。

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カラオケの採点で点数を上げるコツは、とにかく音程をはずさない、抑揚をつける、適度にビブラートを入れる、らしいです。よし、また挑戦するから“あなただけの愛”1位の人と“눈의꽃(雪の華)”1位の人待っててね!

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2009年8月18日 (火)

涙の手袋・・・

「赴任先、札幌に決まったわ」                                   「札幌って・・・?」                                           「そう、札幌」                                             「へっ?」                                                「お母さん手袋、タイミング良すぎやから・・・」

東京で研修中のあねの会社では、お盆の帰省前に赴任先が発表になり、あねは札幌支店に決まりました。                                           偶然その日、わたしが送ったイタリアみやげは皮の手袋。あねは荷物を開けて手袋を見たとたん“寒いところへ行くような予感”がしたそうです。

札幌・・・

とりあえず、遠い 

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札幌・・・

飛行機でたっぷり2時間かかる

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札幌・・・

わたしもあねも今まで2回しか行ったことがない

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札幌・・・

札幌の大学に行ってた甥はお正月に帰省するとき、ブーツの底がスパイクになっているのを履いていた~っ!

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あかん、あかん、娘はやる気まんまんなのに親がこんなことでどうする、気持ちを切り替えよう。

そうだ、東京だって新幹線で2時間ちょっとかかるんだから、飛行機の2時間くらいすぐだ。今まで2回しか行ったことがない地だったら、これから何回も行ってあちこち観光したらいい。スパイク付きのブーツで札幌雪祭りも見に行こう。鮭や蟹がおいしい、松前漬けもラーメンも、おいしいものがいっぱいあるじゃないか。

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       15年ほど前、北海道旅行で屈託なく笑うあね

というわけで、あねは宅配便の荷物に手袋を入れて、きょう札幌へ向かいました。わたしは航空会社のマイレージ会員になりました。

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2009年8月15日 (土)

ビバ!イタリア -おみやげ編-

イタリアでは何が一番おいしかったですか?とよく聞かれます。

「みなそれぞれに・・・」などとヘプバーン王女のようなことは言いません、正直に言いますと「リゾットです!」となります。

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ミラノのチーズ味のリゾット、カプリのタコのリゾット、もうリゾットだけであとの魚や肉は要りません、ってくらい美味でございました。

Photo_3 わたしが作ったグリーンサラダ、ドレッシングはピエトロのグリーンキャップ(カロリー控えめ)。イタリアのサラダはオリーブオイルと酢と塩コショウを自分でブレンドして使うことが多く、日本のドレッシングの味、種類を見直しました。                          

ナスとズッキーニのペンネ、これは我が家で作った方がおいしいと思いました。ズッキーニは歯ごたえを残して炒めたものがおいしい。                          

ほたてのフレーバーソルト焼きと鱈のハーブ焼き、どちらもいい塩加減でボノボ~ノ。

聞きなれないハイカラな言葉を使ってしまいました。はい、ペンネのソースはボロネーゼのビン入り、ペンネ、ソースともに現地のスーパーで調達したものです。魚介用フレーバーソルトは岩塩にハーブが何種類かブレンドされているもので、おみやげ物屋さんで、ちょっと割高だったけどビンがかわいくて買ってしまいました。ハーブは日本でもよく見かけるビン入りの香辛料、スーパーで買い求めました。

ええいっ!まとめておみやげ紹介いってみよう。                         長いです、しかしこれは自分と家族へのおみやげ用。友人用・職場用はまた別、どんだけ買って来たんだという話です、はい。

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ソムリエナイフはB男くんセレクト。毎晩これで栓を抜いてワインを飲んでいました。

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皮の手袋はあねへ、ベネチアングラスの時計はうーじんへ、喜んでくれました。  

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2009年8月11日 (火)

♪ボンジョルノ!イタリア -最終日-

今回の旅行では朝食を一度も紹介していませんでした。                    
わたしたち夫婦はナニを隠そう、旅行に出ると宿の朝ごはんが楽しみで、和洋問わずしっかり食べる主義です。

イタリアでのホテルの朝食はすべてビュッフェ形式でした。パンは塩味で皮が固く中が空洞というものが一般的ですが、ジャムやチョコ、カスタード入りのデニッシュやクロワッサンという甘いものも朝からどっさりかごに盛ってありました。フルーツもごろんと丸ごとかごに、さあ持ってけ!って感じの盛り方。わたしは最後の日もこれだけ食べました。

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      airplane・・ローマ~ヘルシンキ~日本・・airplane

フィウミチーノ空港(別名レオナルドダヴィンチ空港)から。

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この日はもう観光はなしで、往路と同じくヘルシンキ経由で帰るだけです。ヘルシンキ空港でお買い物をしたかったのですが、ローマでの出発から飛行機の離陸が遅れに遅れてどたばたの乗り継ぎ、ヘルシンキでは時間がありませんでした、・・・のわりにはキャンディーとチョコを買った・・・。

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はあ・・・世界は狭いものなんだなぁ。

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『赫尓辛基』これに乗るみたいです、あとは釜山と上海しか読めません。

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こうして無事に日本へ帰ってきました。梅雨も明けているころだろうと思いましたら関西空港は雨、梅雨明けはまだまだ先のことでした。

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イタリアではおよそタダのものはない、これは旅行者向けの格言のようになっていて、トイレのみならず、レストランでお水を頼んでも有料、観光地で民族衣装をまとった人がにこやかに近づいてきて“はい、ポーズ”で有料、ナニを頼んでもチップ、頼んでないのに楽器を演奏してチップを要求される、旅の終わりにはそんな場面にも慣れましたが、空港へ向かう交差点でびっくりする光景に出会いました。

信号待ちでは新聞売りが車の間を回っていました。窓ガラス拭きは、こんな道具でフロントガラスを拭いていました。

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断るチャンスを逸してしまった女性ドライバーが慌ててかばんから小銭を取り出す場面も・・・ここらへんまでならまだわかりますが、これ!

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交差点で信号待ちの間にふたりの若い男女が横断歩道の真ん中へ出てきて、いきなりジャグリングを披露したのです。パフォーマンス終了後は停車中の車の間を縫ってチップを要求してました。すべて赤信号で車が停まっている間のお仕事です。素晴らしいアイデアと勤労意欲でした。

   *・゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*・゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・* 

イタリアはどこの町も島もそれぞれに素晴らしい輝きを放つ地でした。歴史の重み、それはもうどっぷり体験させていただき、またそれを誇りに少々の生活の不便は笑い飛ばす明るい国民性に触れて、とても愉快な気持ちになれました。旅を終えて思うことは、わたしの住む国にもいいところがいっぱいあるんだと胸を張れるようになりたい、ということでした。

旅の写真はプリントしないでPCに入れたままとCDにコピーしてしまいます、なのでここでの記事がわたしにとってのアルバムです。                             
みなさん長ったらしい旅の日記にお付き合いくださいましてありがとうございました。また書き忘れなどの記事があがるかもしれませんが、とりあえず旅の日記はこれで完結です。では・・・

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2009年8月 8日 (土)

♪ボンジョルノ!イタリア -6-

西暦70年にエルサレムを征服した皇帝が、連れ帰った4万人の捕虜を使ってわずか8年で完成させた闘技場コロッセオ。6万人の観客を収容できるコロッセオでは連日闘技会が催され、捕虜となった兵士が剣闘士となり、剣闘士同士または猛獣相手に戦い、ローマ市民を熱狂の渦に巻き込みました。ときには罪人の処刑も見世物として行われるなど血生ぐさい催しは、当時のローマ皇帝の人気取りと政治への関心を削ぐためでした。

        ローマは一日にして成らず                                                               すべての道はローマに通ず                                                   ローマは三たび世界を征服した

ヨーロッパの歴史にその名をとどろかせた都市ローマ、イタリアでの滞在の最後は古代の遺跡だらけの町ローマを回りました。

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朝一番に『世界で一番小さな国』ヴァチカン市国へ向かいました。                ローマの北西部に位置し、国土は東京ディズニーランドより小さく、サン・ピエトロ広場、サン・ピエトロ大聖堂、ヴァチカン宮殿、ヴァチカン美術館が建ち並んでいます。

カトリック総本山のサンピエトロ寺院、手前横一列に置かれたフェンスが国境です。

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一応警備の人がいますがフリーパスで通り抜けます。       

イエス・キリストが十字架ではりつけの刑に処せられ、一番弟子ペトロは殉教する際、キリストと同じはりつけでは恐れ多いとし、逆さ十字のはりつけ刑を望んだと言われています。その聖地に信者が建てた寺院です。

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現在のローマ法王は第265代目ペデディクト16世というドイツ人が住んでおられます。法王を選ぶ選挙のときだけ、建物右の奥の方の建物に煙突がこしらえられ、黒い煙が出ればまだ決まっていない印、白い煙が出れば新法王が決まった印です。

内部です、総本山ですから豪華です。

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世界各地から巡礼者が来ています、シスターもにこやかにお参りです。

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衛兵は今も昔もスイス人、中世スイスは欧州各国へ傭兵を派遣して外貨を獲得していて、フランス革命の際にもスイス兵は身を挺して王室を守っていた功績から、以来ここはずっとスイス兵が警護を任されています。背が高くて容姿端麗で品行方正で運動神経がよいことなど選考基準が厳しく、彼らはこの勤務を終えてスイスに帰るとモテモテだそうです。

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ヴァチカン側から見たローマ。

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ローマに戻りました。ローマでは間もなく世界水泳選手権が行われるとのことでしたがもうひとつ盛り上がりの気運は感じられませんでした。

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コロッセオです、でっかいです。

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コロッセオ前の広場では結婚式の最中でした、暑いのに熱いキスを交わしていました。

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トレビの泉です。コインを投げて「またローマに来られますように!」

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スペイン広場、ジェラートを食べながらひととき「ローマの休日」気分。

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午後からはフリータイムでしたので、フォロロマーノと言う世界遺産の遺跡を見ながら真実の口を目指してテヴェレ川沿いを南の方へ歩きました。

暑い、とにかく暑い・・・石畳に太陽が照りつける・・・緑がほとんどない・・・あってもこんな松だけ・・・。

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とりあえず目に付いたお店に入りランチと水分を補給しました。

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真実の口の石像があるのは、サンタマリア・インコスメディン教会というところです。わたしたちは嘘つきではなかったようです。

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まだまだ下町の市場やアウトレットにも行きたかったのですが、体力に限界を感じたわたしたちはタクシーで一旦ホテルに戻り、シャワーを浴びてシエスタ(お昼寝)に計画変更です。そうそう、タクシーの運転手に「今日は暑いですね(英語)」と言うと「そうだろ、びっくりしたろニッポン人、なんとかかんとかが55もあるんだぜ(伊語・推測)」と言いました。55ってナニ?摂氏?華氏?湿度?とにかくローマっ子もびっくりの暑さだったようです。

夕方ちょっと日も翳ってきたころ、またぞろ町へ出かけ晩ご飯です。トマト味はちょっとお休みしてカルボナーラにしました。ああ食べてばっかりだなあ・・。

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こうしてローマの夜は更けていったのでした。

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イタリアでは駐車場が少なく、駐車は専ら路上です。彼らは車を移動手段としてしか考えていませんからバンパーがこすったくらいは平気、縦列駐車もこのとおり、前後の車のバンパーにこつんこつんとあててスペースを作り出て行きます。じつにうまいものでした。少々の事故でも「ごめんね」「いいよいいよ」で終ることも多いそうです。

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また狭い路地が多くて大きな車は不便とのことで、1000cc~1500ccクラスの車、特に日本の小型車を多く見かけました。

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2009年8月 4日 (火)

♪ボンジョルノ!イタリア -5-

前にも書きましたが、旅行中は行く先々で晴天が続き、ちょっと日焼けしました。帰国後毎日ホワイトニングパックをしていますが、安いのを買ったので小さくて顔の端っこの方まで届きません(顔が大きいということも・・・あるにはある)。この日焼けの原因はほとんどこの日の行程にありました。

西暦62年、当時ローマ帝国の支配下にあったナポリ近郊の都市ポンペイを激しい地震が襲い大きな被害があった。町並みはすぐに以前より立派に再建されたが、その再建作業も完全には終わらない西暦79年8月24日ヴェスヴィオ火山が大噴火、一昼夜に渡って火山灰が降り続け、翌日にはポンペイの町と逃げ遅れた人々は完全に地中に埋まったのである。

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ナポリのベベレッロ港から水上高速船で約45分、イタリア屈指のリゾート地カプリ島へ到着しました。ここから小さい動力船に乗り換えてカプリ島の西の方にある青の洞窟を目指します。島の絶壁の上に建つFェラ-リ社の社長の別荘。

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一昨日は波が高くて洞窟への船が出せず、昨日は洞窟の入り口で波が収まるのを3時間待ったそうです。さて今日はどうでしょう・・・。その前にお待たせ、この旅一番のオトコマエわたしのお気に入りのセニョールを紹介します。彼はこの動力船の操縦士です。まずはあんよから・・・ふふふお茶目。

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はいお顔。

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終始厳しい表情で洞窟の船頭さんと連絡を取り合う横顔は精悍!横を通るとき潮に混じってごっつ爽やかな香りがしました。

洞窟へ向かう途中、帰ってくる船の人が両手で大きく○を示してくれたので本日は入れるらしいとわかり、わたしたちの船から大きな歓声と拍手が起こりました。洞窟の入り口ではもっと小さな数人乗りの手漕ぎ船に乗り換えて順番待ちです。

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洞窟開口部の高さは1m、こんな小さな入り口を船頭さんは起用に、岩に取り付けた鎖のロープを引っ張りつつ「エイッ」とイッキに入ります、そのときわたしたちは帽子やメガネをはずし、船の床に寝転ばなければなりません。

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と・・・洞窟内は真っ暗です、そして水の色が真っ青です。それは太陽の光の当たる海の色とはちょっと違う、もうちょっと明るいアクアブルーとか透明感のあるターコイズ(トルコ石)ブルーって言うんでしょうか、とにかく手をつけてみても青い、感動でした。(写真をクリックすると大きくなります。船が揺れていて少々ブレてますが真っ青です)。

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白い石灰岩と透明度の高い海水と洞窟の入り口から入り込む太陽光線とが生み出す自然現象は、世にも神秘な世界でした。ああよかった、晴れて。

またオトコマエの操縦する船に乗ってアナカプリと呼ぶ町の中心地へ戻りました。あら、島の中心にあるソラーロ山に雲がかかってきました、午後の洞窟はどうでしょうねぇ。

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展望台から見たカプリの町。

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ランチは海が見下ろせるリストランテでタコのリゾット、マグロのソテー、チョコケーキです。飲み物はこの島特産のレモンジュースにしました。

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展望台のあるウンベルト1世広場の周辺はおしゃれなホテルやレストラン、高級ブティックが所狭しと並んでいて、全体の印象は白くて清潔、お店は白にゴールドやシルバーをうまく合わせてディスプレイしています。ここはもっとゆっくりと滞在したくなるところでした。

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さてわたしはこの日、添乗員さんの勧めで乗り物酔いの薬を飲んでいたせいか眠くて眠くて、帰りのナポリまでの高速船の記憶がありません。しかもこのあと行くことになるポンペイでも半分眠りながら歩いていました。

この日の現地ガイドはマウロさん、男性。身長が190cmあって大股です。わたしたち日本人の体型がよくなってきているとは言え、暑い中現地に慣れた190cmのあとを付いて回るのは必死でした。

ポンペイの遺跡入り口と町並み

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ジュピター神殿

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浴場の浴槽と雨水を受ける器

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こちらは欲情を発散するところの壁に描かれたフレスコ画

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こちら文献からお借りしたもの、わかりやすいです。

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ポンペイの遺跡は18世紀に発掘作業が行われました。火山灰の塊の中、人間の肉体が溶けて形だけがそのまま空洞で残っていたところへ石灰を流し込んで再現したものがこれです。胴周りに鉄が巻かれていることから奴隷だそうです。

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こうしてこってりとポンペイを見学し、ホテルに戻ってもわたしは睡魔のとりこでせっかくのご馳走を半分も食べないうちに部屋に戻って爆睡しました。

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これはポンペイの遺跡の中の洗濯屋の、洗濯槽に漂白液を流し込むところ。

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当時の漂白液は、各家庭から集めたおしっこでしたとさ~(やっぱりそっちに戻ったか・・・)。あんなもんできれいになるんですね。

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2009年8月 2日 (日)

♪ボンジョルノ!イタリア -4-

ear この旅行ではこんなイヤホンガイドが配られ、人ごみの中でも添乗員さんや現地のガイドさんの話がらくらくと聞き取れるのがありがたかったです。Photo この日は美術館で絵画の鑑賞にたくさんの時間を使い、これはもう説明があるとないでは理解も感激の度合いも大違い、とても楽しめました。

メディチ家は、13世紀から17世紀までフィレンツェ地方を統治した一族で、ボッチチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなどのパトロンとしてルネッサンス文化を支えたことで知られる豪族でした。一族は17世紀の前半に断絶しますが、貴重な美術コレクションはウフィッツィ美術館に所蔵されていて惜しげもなく公開されています。

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イタリアルネッサンス絵画の宝庫、ウフィッツィ美術館、一部改装中。(ウフィッツィとは覚えにくいけど Ufficio 英語の offices の語源となったとのこと)

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『ヴィーナスの誕生』 1485年 ボッティチェッリ作

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海の泡から生まれたという女神ヴィーナスが貝殻に乗り岸に吹きよせられる。美しい裸身を恥ずかしそうに髪で隠すヴィーナスに、待ち受けていた時の女神ホーラが絹の衣装をかけようとする場面。左の方にはヴィーナスの誕生を祝福する西風の精ゼフロスがその妻と抱き合いながら、貝に乗ったヴィーナスを岸辺に吹きよせ祝福の赤い薔薇の花を撒いている。

ヴィーナスの肌と髪、ホーラの透けた花柄の衣装、絹の質感・・・どれも間近で見ると心を捉えて離さず、ホンモノを見ることの大切さを実感した作品でした。

『春・プリマヴェーラ』 1482年 ボッティチェッリ作

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これは数あるボッティチェッリ作品の中でも難解とされるもので、主題はヴィーナスの王国、結婚の祝福など諸説ある。愛と美の女神ヴィーナスを中心に、左にヘルメス・三美神、右に春の女神プリマヴェーラ・花の女神フローラ・西風ゼフェロスが描かれている。『ヴィーナスの誕生』に表されるヴィーナスが天上のヴィーナスなのに対し、この絵のヴィーナスは衣装をまとっており世俗のヴィーナスを表わす。

左端の男性は当時のメディチ家の次男坊ジュリアーノであるらしく、プリマヴェーラとして描かれている女性と恋人同士でした。この絵に描かれているジュリアーノはなかなかのハンサムボーイですが肖像画ではこんな感じですdown 25歳で暗殺されました。

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他にもダ・ヴィンチ、ミケランジェロの作品を見ましたが、上の2作品がとても印象的でした。

美術館の中から見たポンテ・ヴェッキオ(ヴェッキオ橋)、橋の上には貴金属店が軒を連ねていることで有名です。

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半日たっぷりと美術館を見て回った後、シニョーリア広場から八角形のクーポラが美しいドオゥモを見て中に入りました。はい、ここにもダビデ像、よろしいでしょうか!?。

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こちらのフレスコ画は淡い色使いで上品な華やかさ。

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この日のランチはパスタをちょっとお休みして中華料理です。

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旅も4日目ともなると、ツアー客同士気心も知れてきて久々の東洋的な味に丸いテーブルが回る、話は弾む、みなさん遠慮なしに完食、ごちそうさまでした。

bullettrain 午後からはローマとフィレンツェを結ぶ高速列車ユーロスターに乗ってナポリまで南下しました。連日のバス移動で疲れた足腰にゆったりした列車の座席は楽チンでした。

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4人がけの座席の真ん中にはテーブル。車窓にはぶどう畑や全開までちょっとまだ早いひまわり畑、童話に出てくるような赤い屋根の家、畑にはクリームコロン状に巻かれた枯れ草など、飽きることなく見続けました。

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ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの『ひまわり』のシーンを思い出しながら、相席になったOLふたり組にこの映画を薦めておきました、老婆心。
列車内のBARでコーヒー、これはエスプレッソです。えっ?たったこれだけ?しかも苦~い。

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noteオ~ソ~レミ~ヨ・・・ナポリはヨーロッパと北アフリカの文化が融合していて、町を行く人もエキゾチックな顔立ちの人が多く、言わばクレオパトラとシーザーが腕を組んでいるような感じの町でした。

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とにかくパワフルです。歩道ではバッタモンの露店が並び、車道では人も車も車線や信号は甚だしく無視、バイクの二人乗り・三人乗りは当たり前の中、わたしたちのバスは港や海辺を走り車窓からサンタルチア港、ヌォーヴォ城、たまご城など見学しました。南へ来たという気分全開。明日向かうカプリ島がこんなにはっきり見えるのは珍しいらしいです。

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晩ご飯のピザ、マルゲリータです。

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どうよこの大きさ、これでひとり分ですよ、は~あ。この日はワインはお休みしてビールにしました。

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このお店の周りには地面から硫黄のガスが白く浮き立っていてかなり匂いました。温泉が出るそうです。

あ~疲れた、ホテルに着いたのは夜の10時を過ぎていました。

          danger・・本日のびっくり・・danger

明日の朝も早いからと、さっさとお風呂に入って寝ようとしたところへピンポ~ン・・・なんとこの日はB男くんの誕生日でして、添乗員さんからプレゼントのワインが届いたのです。一昨日ワインの栓抜きを買っておいたので(B男くんは行く先々でワインを買って毎晩部屋で飲んでいた)栓を抜いていただきました。

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ありがとう、添乗員さん。実はB男くんの誕生日すっかり忘れていたんです、わたし。

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